鬼き滅めつのの刃やいば しあわせの花はな

吾ご峠とうげ呼こ世よ晴はる
矢や島じま綾あや

挿絵

JUMP jBOOKS
集英社しゅうえいしゃ

挿絵

メガネもとぶ
吾ご峠とうげ呼こ世よ晴はる

お疲つかれさまです、吾ご峠とうげです。
小しょう説せつを書かいていただきました!
炭たん治じ郎ろうたちの幕間まくあい、自分じぶんではあまり触ふれられないキメツ学園がくえんなど、作品さくひんのキャラクターが小説しょうせつの中なかで生いき生いきとしていて嬉うれしかったです。
時じ間かんをかけて文章ぶんしょうにおこしてくださった矢や島じま綾あや先生せんせいに心こころから感謝かんしゃします。
では小説しょうせつを楽たのしんでくださいませ~。

挿絵

鬼き滅めつのの刃やいば しあわせの花はな

挿絵

竈かま門ど炭たん治じ郎ろう 

挿絵

竈かま門ど禰ね豆ず子こ*「禰(ね)」は「(ネ)へんに(爾)」となります。

挿絵

我あが妻つま善ぜん逸いつ 

挿絵

嘴はし平びら伊い之の助すけ


挿絵

鬼き滅めつのの刃やいば しあわせの花はな
JUMP jBOOKS
吾ご峠とうげ呼こ世よ晴はる
矢や島じま綾あや

人物じんぶつ紹介しょうかい

挿絵

竃かま門ど炭たん治じ郎ろう
妹いもうとを救すくい、家族かぞくの仇あだ討うちを目指めざす、心優こころやさしい少年しょうねん。鬼おにや相手あいての急所きゅうしょなどの〝匂におい〟を嗅かぎ分わけることができる。

挿絵

竃かま門ど禰ね豆ず子こ*「禰(ね)」は「(ネ)へんに(爾)」となります。
炭たん治じ郎ろうの妹いもうと。鬼おにに襲おそわれ、鬼おにになってしまうが、他ほかの鬼おにとは違ちがい、人ひとである炭たん治じ郎ろうを守まもるよう動うごく。

挿絵

我あが妻つま善ぜん逸いつ
炭たん治じ郎ろうの同期どうき。普段ふだんは臆病おくびょうだが、眠ねむると本来ほんらいの力ちからを発揮はっきする。

挿絵

嘴はし平びら伊い之の助すけ
炭たん治じ郎ろうの同期どうき。猪いのししの毛皮けがわを被かぶっており、とても好こう戦せん的てき。

挿絵

栗つ花ゆ落りカナヲ
しのぶの〝継つぐ子こ〟。無口むくちで、何事なにごとも自分じぶん一人ひとりで決断けつだんすることが苦手にがて。

挿絵

神崎かんざきアオイ
鬼殺きさつ隊たいの隊たい士し。蝶ちょう屋敷やしきで隊たい士しの治療ちりょうや訓練くんれんを担当たんとうしている。

挿絵

胡こ蝶ちょうしのぶ
鬼殺きさつ隊たいの〝柱はしら〟の一人ひとり。薬学やくがくに精通せいつうしており、鬼おにを殺ころす毒どくを作つくった剣士けんし。


あらすじ

時ときは大正たいしょう――。
千年せんねん以上いじょうもの間あいだ、始はじまりの鬼おに・鬼き舞ぶ辻つじ無む惨ざんによって増ふやされ続つづけた鬼おには、人々ひとびとを喰くらい、その幸しあわせを脅おびやかしてきた。
鬼き舞ぶ辻つじという怪物かいぶつを生うみ出だしてしまったことで呪のろわれた産屋敷うぶやしき一族いちぞくは、贖しょく罪ざいのため、すべての元凶げんきょうである鬼き舞ぶ辻つじを倒たおすことに心しん血けつを注そそぐ。
後のちに鬼殺きさつ隊たいと称しょうされるようになった彼かれら――鬼おに狩がりたちは、日にち輪りん刀とうと呼よばれる刃やいばを手てに、生身なまみの体からだで鬼おにと対峙たいじする。
人ひとである彼かれらは、驚異きょうい的てきな回復かいふく力りょくを持もつ鬼おにとは違ちがい、傷きずを負おう。時ときに手てを、時ときに足あしを失うしないながら……。
それでも、鬼おにに立たち向むかう。
すべては、人ひとを守まもるために。

目次もくじ

鬼き滅めつのの刃やいば しあわせの花はな 
第だい1話わ しあわせの花はな…9
第だい2話わ 誰たが為ために…63
第だい3話わ 占うらない騒動そうどう顛末てんまつ記き…91
第だい4話わ アオイとカナヲ…129
第だい5話わ 中高ちゅうこう一貫いっかん☆キメツ学園がくえん物語ものがたり!!…169
あとがき…196

この作品さくひんはフィクションです。
実在じつざいの人物じんぶつ・団体だんたい・事件じけんなどにはいっさい関係かんけいありません。

第だい1話わ しあわせの花はな

挿絵

10

 凜りんとしたうつくしさの黒くろ引びき振袖ふりそでは、妹いもうとの白しろい肌はだに、さぞやよく映はえるだろう。
 豪華ごうかな金襴きんらんの帯おびに、苦労くろう性しょうの妹いもうとは『もったいない』と眉まゆを寄よせるかもしれない。
 文ぶん金きん島田しまだに結ゆい上あげた黒髪くろかみの下したで、妹いもうとは涙なみだを流ながすのだろうか……?
 悲かなしみではない、喜よろこびに満みちた涙なみだを。

 誰だれよりもやさしい俺おれの妹いもうと。
 鬼おにとなってさえ、人ひとであった頃ころのぬくもりを捨すてずにいてくれる、俺おれの妹いもうと。

 願ねがわくは、誰だれよりもお前まえを幸しあわせにしてやりたい――。

挿絵

「――祝言しゅうげん、ですか?」

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「はい……この度たび、めでたく村むらの娘むすめが嫁とつぐことになりまして」

 ひさはそう言いうと、元もとから細ほそい目めを糸いとのように細ほそめた。

 藤ふじの花はなを模かたどった家紋かもんは、鬼殺きさつ隊たいであれば無償むしょうで尽つくしてくれる証あかしだ。
 この家紋かもんを下さげた家いえは、隊たい士したちによって鬼おにから救すくわれた恩義おんぎを忘わすれず、こういった形かたちで返かえしてくれているのだという。
 ゆえに、任務にんむで傷きずついた隊たい士しは藤ふじの花はなの家紋かもんを目指めざす。
 ひさの家いえもそういった家いえの一ひとつであった。
 炭たん治じ郎ろう、善ぜん逸いつ、伊い之の助すけ、そして禰ね豆ず子この四よ人にんは、任務にんむで負おった傷きずを癒いやすべくここに逗留とうりゅうし始はじめ――今日きょうで丸まる十とう日かになる。
 もっとも、鬼おにである禰ね豆ず子こは、日中にっちゅう〝霧きり雲くも杉すぎ〟で作つくられた箱はこの中なかで寝ねている為ため、家人かじんたちと顔かおを合あわせているのは、もっぱら他ほかの三さん人にんではあるが……。
 山やまの幸さちをふんだんに使つかった料理りょうりとふわふわの布団ふとん、やわらかな着物きもの、心こころのこもったもてなしの数々かずかずに、三さん人にん仲良なかよく折おれた肋骨ろっこつも、各々おのおのかなり良よくなってきていた。

「ここから一番いちばん近ちかい町まちの名主なぬしの家いえへまいります」

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「それは、おめでとうございます」
 炭たん治じ郎ろうが心こころから祝いわいの言葉ことばを述のべる。
 ひさはにっこり微笑ほほえむと、よろしければ、と続つづけた。「鬼おに狩がりのみなさまにも祝いわってやってもらいたいのですが……」
「え? 俺おれたちがですか?」
「もちろん、みなさまのお身体からだの具合ぐあいがよろしければの話はなしです……くれぐれもご無理むりはなさらないでくださいまし」
「いえ、身体からだはもう大丈夫だいじょうぶです。それより、それは俺おれたちが出でてもよいものなのですか?」
 炭たん治じ郎ろうが遠慮えんりょすると、ひさがふるふると白しろい頭あたまを振ふった。
 ひさの話はなしによれば、今夜こんやは、こちらの村むらで心こころばかりの祝言しゅうげんを挙あげ、明日あすの昼ひるに嫁入よめいり道中どうちゅうを成なして町まちへと下くだり、相手あいての家いえで大おお掛がかりな式しきを挙あげることになっているそうだ。
 嫁よめに行いく娘むすめは大層たいそううつくしく、明あきらかな器量きりょう望のぞみではあるが、稀まれに見みる良縁りょうえんなだけに、村むらの者ものたちも大おおいに沸わき立たっているという。
「鬼おに狩がり様さまたちが祝福しゅくふくしてくだされば……みなも喜よろこびます」
「そういうことでしたら、喜よろこんで。なあ? 善ぜん逸いつ? 伊い之の助すけ?」
 炭たん治じ郎ろうが肩かたごしに振ふり返かえる。


13

 それを聞きいた善ぜん逸いつは、「うん、もちろ――いや、もちろんでございます。祝言しゅうげんだったら鬼おに狩がりと違ちがって、怖こわいこともないだろうし、美お味いしいもの食たべて、可愛かわいい花嫁はなよめさんを拝おがむだけだし、一石二鳥いっせきにちょう――って……いくら可愛かわいくても、禰ね豆ず子こちゃんほど可愛かわいくはないだろうけどね? いや、それはわかってますけど――あくまで、俺おれは禰ね豆ず子こちゃん一筋ひとすじですから――そこんところ間違まちがえないでくださいな」
 と揉もみ手てをしながら応おうじ、
「祝言しゅうげんってなんだ?」
 一方いっぽう、伊い之の助すけは両手りょうてにつかんだ饅頭まんじゅうをむしゃむしゃ食たべながら、炭たん治じ郎ろうの脇腹わきばらに頭ず突つきを繰くり出だしてきた。
(痛いたい……)
 炭たん治じ郎ろうが両りょう眉まゆを下さげる。
 そして(善ぜん逸いつが)気き持もち悪わるい。
 今いまや――というか、ここ数日すうじつの間あいだで――すっかり恒例こうれいとなった光景こうけいである。
 善ぜん逸いつは、禰ね豆ず子こが炭たん治じ郎ろうの妹いもうとだとわかるや否いなや、露骨ろこつに態度たいどを変かえた。やたらヘコヘコしだしたのだ。
 伊い之の助すけの方ほうは、この頭ず突つきである。彼かれなりに他人たにんと交流こうりゅうを持もとうと思おもっているのだろうが、ことあるごとに繰くり出だされる頭ず突つきに、炭たん治じ郎ろうは弱よわりきっていた。

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 これでは、炭たん治じ郎ろうだけいつまでもたっても肋骨ろっこつが完治かんちしない。
 そして(善ぜん逸いつが)気き持もち悪わるい。
「善ぜん逸いつはどうして、そんな気き持もち悪わるいしゃべり方かたをするんだ? それに、花嫁はなよめさんに対たいして失礼しつれいな言いい方かたは止やめろ。――それから、伊い之の助すけ。祝言しゅうげんというのは、二ふた人りが結婚けっこんして夫婦ふうふになる為ためのお祝いわいのことだ。痛いたっ……伊い之の助すけ、いい加減かげん、頭ず突つきは止やめてくれ」
 二ふた人りにやんわりと苦言くげんを呈ていし、ひさに顔かおを戻もどすと、
「是非ぜひ、お祝いわいさせていただきたいので、よろしくお願ねがいします」
 そう言いって頭あたまを下さげる。
「こちらこそ、よろしくお頼たのみ申もうします……」
 ひさはそれこそ畳たたみに額ぬかずくほど頭あたまを下さげると、
「今夜こんやは、我わが家やでもご馳走ちそうにいたしましょうね」
 と口元くちもとをほころばせた。
「お若わかい方かたが好このむものといえば、やはり、お肉にくでしょうけれど……生憎あいにく、ハイカラなお料理りょうりはとんと疎うとくて……」
「――いえ。もう十分じゅうぶん、お世話せわになっていますから」
 慌あわてて両手りょうてを振ふる炭たん治じ郎ろうを押おしのけ、
「アレだ!!」
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 と伊い之の助すけが叫さけぶ。「いつものアレだ! ババァ、アレを作つくれ!! アレだぞ、アレ!!」
「こら! 伊い之の助すけ!!」
「お前まえ、アレしか言いってねぇじゃねぇか。ちゃんと、名前なまえで言いえよ」
 炭たん治じ郎ろうと善ぜん逸いつがそれぞれたしなめるも、ひさは納得なっとくしたように「アレでございますね」
と肯うなずいてみせた。
「天てんぷらでございますね? 衣ころものついた」
「おう!」
「はいはい……沢山たくさん揚あげましょうね。お茶ちゃうけは足たりていますか?」
「足たりねぇから、アレを持もってこい!! いいか、アレだぞ!?」
「はいはい。おかきですね。今いま、お持もちしますよ……」
 ひさはおっとりと応おうじると、部屋へやを後あとにした。
 年齢ねんれい的てきなこともあるのだろうが、ひさの立たち居い振ふる舞まいはとても静しずかで、ほとんど物音ものおとがしない。
 この時ときも、すうっと音おともなく襖ふすまが閉しまった。
「……あの人ひともさ、よくアレでわかるよな。ほとんど、アレしか言いってないじゃん」
 善ぜん逸いつが感心かんしんしたようにも呆あきれたようにも見みえる眼差まなざしを、ひさが消きえた襖ふすまへと向むける。
「確たしかに――」と炭たん治じ郎ろうも肯うなずく。

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 当とうの伊い之の助すけは無心むしんに饅頭まんじゅうを喰くらっている最中さいちゅうで、二ふた人りのつぶやきなど聞きこえていない。
 逗留とうりゅうし始はじめこそ、

『ふざけんじゃねえ!! 着物きものを着きて家いえの中なかで暮くらすなんざ、まるっきり拷問ごうもんじゃねえか!まっぴらごめんだ!! 俺おれを誰だれだと思おもってんだ!? 山やまの王おうだぞ!』

 と騒さわいでいた伊い之の助すけだったが、今いまでは――相変あいかわらず上半身じょうはんしん裸はだかではあるものの――ここでの暮くらしにだいぶ慣なれ親したしんでいるように見みえる。
 少すくなくとも、拷問ごうもんとは思おもっていなさそうだ。
 おそらくは、主あるじであるひさの存在そんざいが大おおきいのだろう。
 この屋敷やしきを訪おとずれた当初とうしょから、ひさは伊い之の助すけを恐おそれなかった。
 物々ものものしい猪いのしし頭あたまを恐おそれず、数々かずかずの奇怪きかいな行動こうどうをものともせず、まるで実じつの孫まごか何なにかのようにかいがいしく伊い之の助すけの世話せわを焼やく老女ろうじょの姿すがたを思おもい出だし、炭たん治じ郎ろうはあたたかい気き持もちでいっぱいになった。
(ありがたいなぁ……)
 としみじみ思おもう。


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 清潔せいけつな寝床ねどこやあたたかい湯殿ゆどの、心こころのこもったもてなしもさることながら、一緒いっしょの風呂ふろに入はいり、同おなじ釜かまの飯めしを食くったせいか――善ぜん逸いつの異様いようなおもねりや伊い之の助すけのどこでも頭ず突つきはあるものの――三さん人にんの距離きょりがぐっと縮ちぢまったような気きがする。
 何なにより、二ふた人りは鬼おにである禰ね豆ず子こを厭いとうことなく、ありのまま受うけ容いれてくれる。
 それがどれだけうれしいか。
 そんなことを、炭たん治じ郎ろうがほっこり考かんがえていると、

「おまっ、なに、饅頭まんじゅう全部ぜんぶ食くってんだよ!? 俺おれや炭たん治じ郎ろうの分ぶんも入はいってたんだぞ!? このバカ猪いのしし!!」
「うるせぇ、尻しり逸いつ! もたもたしてる方ほうが悪わるいんだろうが!!」
「善ぜん逸いつだよ!! 尻しり逸いつって、誰だれだよ!?」
「黙だまれ小僧こぞう! ここは俺おれのなわばりだ!!」
「あー、そーかい。ごめんなさいね。てか、なんだよ、縄なわ張ばりって――ギャアアア!!!!」
「弱よわ味噌みそが!! 俺おれに勝かとうなんざ、百ひゃく万まん年ねん早はええんだよ!! グワハハハハハハ!!!」

 頬ほおを殴なぐられた善ぜん逸いつが、奇声きせいと共ともに畳たたみの上うえをのたうちまわった。伊い之の助すけの獣けものの雄おたけびのような笑わらい声ごえが室内しつないに木霊こだまする。
(…………)

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 炭たん治じ郎ろうは小ちいさくため息いきを吐つくと、
「――伊い之の助すけ、善ぜん逸いつを殴なぐっちゃだめだ」
 と仲裁ちゅうさいに入はいった。
 善ぜん逸いつが伊い之の助すけに(もっともな)突つっこみを入いれ、伊い之の助すけに容赦ようしゃなく殴なぐられ、炭たん治じ郎ろうが仲裁ちゅうさいする――。
 これもまた、彼かれらにとって、すっかり恒例こうれいの光景こうけいとなりつつあった。

挿絵

「あー、花嫁はなよめさん、すごい綺麗きれいだったなぁ~」
「すげえご馳走ちそうだったな。げふっ」

 花嫁はなよめの家いえから戻もどる道みちすがら――。
 まったく異ことなる感想かんそうを述のべる二ふた人りの隣となりで、炭たん治じ郎ろうは初々ういういしい花嫁はなよめの姿すがたを思おもい出だしていた。
 まだ稚いとけない花嫁はなよめは、器量きりょうを望のぞまれて名主なぬしの家いえに嫁とつぐだけのことはあり、まさにまばゆいばかりにうつくしかった。
 何なにより、はちきれんばかりの笑顔えがおが、彼女かのじょの幸福こうふくさを物語ものがたっていた。

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 それこそ、飛翔ひしょうする鶴つると大輪たいりんの花はなが描えがかれた黒くろ引びき振袖ふりそでや、豪奢ごうしゃな金襴きんらんの帯おびすらも霞かすんでしまうほどに……。
「――あの人ひと」
「? どうした?」
「いや、なんでもない」
 炭たん治じ郎ろうが軽かるく頭かぶりを振ふる。

 もしかすると、禰ね豆ず子こと同おない年どしぐらいかもしれない。

 そんなことを思おもった瞬間しゅんかん、胸むねの奥おくがズキンとした。
(え……? ズキン?)
 小首こくびを傾かしげた炭たん治じ郎ろうが背中せなかの木箱きばこをそっと背負せおい直なおす。
 すると、カリカリカリ……と爪つめの先さきで箱はこの内側うちがわを引ひっ掻かく音おとが聞きこえてきた。それに思おもわず、飛とび上あがりそうになる。
(!!)
 てっきり、眠ねむっているであろうと思おもっていた妹いもうとが起おきていたことに、何な故ぜかひどくドキリとした。

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「それにしても、あの女おんなはなんであんなもん着きてたんだ?」
 伊い之の助すけが誰だれにともなく尋たずねてきた。「あんな裾すその長なげぇ着物きものなんか着きてたら、木きにも登のぼれねえし兎うさぎも鳥とりも獲とれねえぞ」
 猪いのしし頭あたまを傾かしげ、心底しんそこ不思議ふしぎげだ。
 そんな伊い之の助すけの素朴そぼくな問といに、
「あーあ、これだから田舎いなか者ものは嫌いやだよ」
 と善ぜん逸いつがため息いきを吐はく。
「山やまなんか、入はいんないからいーの。あの子こはさ、これから大おお店だなの奥方おくがた様さまになるの。玉たまの輿こしだよ、玉たまの輿こし。わかる? 美人びじんだからお金持かねもちの人ひとんとこに嫁入よめいりして、綺麗きれいな着物きもの着きて、蝶ちょうよ花はなよと大事だいじにされて暮くらすの」
「大体だいたい、なんで、あんな暗くらい色いろにしたんだ? 黒くろい着物きものだと山やまん中なかで蜂はちに狙ねらわれやすいって知しらねえのか? アイツら。祝いわい事ごとなら、もっとパーッと明あかるい色いろにすりゃあいいじゃねえか。辛しん気き臭くせえな」
「だから、山やまには入はいんないんだって。黒くろ引びきの振袖ふりそでっていったら、白しろ無む垢くと並ならんで花嫁はなよめさんの定番ていばん衣装いしょうだし、『貴方あなた以外いがいの方かたの色いろには染そまりません……』っていう、意思いし表示ひょうじとかいうじゃない? あー、俺おれも一度いちどはそんなこと言いわれてみたいよ。出来できれば、禰ね豆ず子こちゃんにさぁ……ウィッヒヒッ」

21

挿絵

22

 途中とちゅう、気き持もちの悪わるい裏声うらごえを挟はさんで、うっとりとつぶやく善ぜん逸いつに、
「何なに、言いってんだコイツ」
 伊い之の助すけが真顔まがおでつぶやく。
「気き持もち悪わるい奴やつだな……」
「お前まえにだけは言いわれたくないよ!!」
 伊い之の助すけの暴言ぼうげんに善ぜん逸いつがカンカンになって怒おこる。
「なあ? 炭たん治じ郎ろう!?」
「――え?」同意どういを求もとめられ、少すこし遅おくれて生なま返事へんじをする。「ああ……どうだろう?」
 妙みょうに気きがそぞろで、落おちつかなかった。
 喉のどの奥おくの辺あたりに、こう……何なにかがつかえているような気きがしてならない。
「どうしたんだよ、ぼーっとして」
 案あんずるような口調くちょうになった善ぜん逸いつが、羽織はおりの袖口そでぐちを引ひっ張ぱってくる。「なんかあった?」
「腹はらが減へったんだろ」
 と伊い之の助すけ。祝言しゅうげんで出だされた餅もちをもりもりと食たべながら、
「祝言しゅうげんでもなんにも食たべなかったじゃねえか。あんなに美う味まいもんが山やまほどあったのに、バカな奴やつだぜ」
 そう言いうと餅もちの残のこりを一気いっきに飲のみこんだ。己おのれの胸むねをドンと叩たたく。

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「待まってな、仙せん二郎じろう。今いまから戻もどって、飯めしの残のこりを持もってきてやるぜ!」
「!? いや、それには及およばない!」
 ようやく我われに返かえった炭たん治じ郎ろうが、伊い之の助すけの暴走ぼうそうを慌あわてて止とめる。
 祝いわいの場ばで、山賊さんぞくのような真ま似ねはさせられない。折せっ角かくの幸しあわせな式しきが台無だいなしだ。
「遠慮えんりょすんな。子分こぶんの世話せわを焼やくのは親分おやぶんのつとめだからな」
「遠慮えんりょじゃない。お腹なかも空すいてない」
「食くえる時ときに食くわねえと後悔こうかいすんぞ? こんなデカイ肉にくの塊かたまりがあったんだぞ!? 山盛やまもりの果物くだものもだ!!」
「だから、本当ほんとうにお腹なかは空すいていないんだ。伊い之の助すけ」
 そう言いっても伊い之の助すけはなかなか納得なっとくせず、しまいには、頼たのむから戻もどらないでくれ、と頭あたまを下さげる羽目はめになった。
 それでようやく(というか、渋々しぶしぶ)わかってもらえたが、善ぜん逸いつはちょっと心配しんぱいそうな顔かおになり、炭たん治じ郎ろうの顔かおを覗のぞきこんできた。
「どうしたんだ? 炭たん治じ郎ろう。なんか、さっきから変へんだぞ?」
「! 変へん? 俺おれが?」
「うん。なんか、変へんな〝音おと〟がする」
「……――」

24

 ドキリとした。
 人並ひとなみ外はずれて耳みみが良よい善ぜん逸いつは、人ひとの気き持もちまでも〝音おと〟で聞きき分わける。炭たん治じ郎ろうの〝匂におい〟と一緒いっしょだ。
 その彼かれが炭たん治じ郎ろうの〝音おと〟を変へんだと言いう。
 炭たん治じ郎ろうが無言むごんでうろたえていると、
「――わかってるよ」
 みなまで言いうなというように、善ぜん逸いつがいつになく真ま面じ目めな顔かおでささやいてきた。

「禰ね豆ず子こちゃんのことだろう?」
「!!」

 思おもわず、心臓しんぞうが跳はねた。
 咄嗟とっさに言葉ことばが出でない炭たん治じ郎ろうを前まえに、善ぜん逸いつがうんうん、と肯うなずく。
 俺おれは何なにもかもわかっているぞという顔かおで、
「大方おおかた、禰ね豆ず子こちゃんが嫁とつぐ日ひを想像そうぞうして、しょんぼりしちゃったんだろ?」
「……え」
「でもな、炭たん治じ郎ろう。それじゃダメだ。禰ね豆ず子こちゃんの為ためにも、禰ね豆ず子こちゃんが結婚けっこんしたいって相手あいてが現あらわれたら、素直すなおに祝福しゅくふくしてあげるんだぞ?」

25

「…………」

 善ぜん逸いつの指摘してきは、微妙びみょうにずれていた。

 鬼おにである禰ね豆ず子こが、彼かれの頭あたまの中なかでは、普通ふつうに結婚けっこんして普通ふつうに嫁よめに行いくことになっている。そもそも、善ぜん逸いつは禰ね豆ず子こが鬼おにであることをほとんど気きにかけていない節ふしがある。
 心こころの底そこからありがたいと思おもうところなのだろうが、何なにかが違ちがう。
 根本こんぽん的てきに、こう、何なにかが決定けってい的てきに違ちがう気きがする。
 だが、その何なにかがわからない。
 ゆえに喉のどに小骨こぼねが刺ささったみたいに気き持もち悪わるい。

 ――うん。なんか、変へんな〝音おと〟がする。
 ――禰ね豆ず子こちゃんのことだろう?

 何気なにげない言葉ことばに、どうして、あそこまでびくついたのだろう?
 戸惑とまどいながら、己おのれの左胸ひだりむねにそっと手てを当あてる。そこはトクン……トクンと小ちいさな鼓動こどうを刻きざんでいた。そっと耳みみをすませてみる。
26
 だが、炭たん治じ郎ろうに善ぜん逸いつの言いうような〝音おと〟は聞きこえない。
(いや、当あたり前まえだろう? 俺おれは善ぜん逸いつのように耳みみが良よいわけじゃないんだから……)
 一体いったい、自分じぶんはどうなってしまったのかと、炭たん治じ郎ろうが眉まゆを寄よせる。
 そんな炭たん治じ郎ろうを余よ所そに、善ぜん逸いつは禰ね豆ず子この嫁とつぐ日ひを朗々ろうろうと語かたり、伊い之の助すけは伊い之の助すけで先程さきほどの料理りょうりのどれが美味うまそうだったかを滔々とうとうと述のべている。
 炭たん治じ郎ろうが自分じぶんの中なかのモヤモヤを持もて余あましていると、
「コラ、あかり!」
 という幼おさない声こえが聞きこえた。

「ダメに決きまってるでしょう? もうじき暗くらくなるんだから、鬼おにに食たべられちゃうわよ」
「でも、あかりもとよ﹅﹅ちゃんみたいに、町まちの大おおきなお家うちにお嫁よめに行いきたいもん!! 働はたらきたくないもん!!」
「ダメなもんはダメなの!!」
「ケチ!! 姉ねえちゃんのケチ!! ケチケチババァ!!」
「なんですって!? もういっぺん言いってごらんなさい!!」

27

 見みると、道端みちばたで二ふた人りの少女しょうじょがもめていた。
 片方かたほうは十とお前後ぜんご、もう片方かたほうの少女しょうじょは七ななつぐらいだろうか? 眉間みけんにしわを寄よせ、頬ほおをふくらませた顔かおが驚おどろくほどそっくりだった。おそらくは姉妹しまいだろう。
(とよさんみたいに……ってことは、さっきの花嫁はなよめさんのことだろうか?)
 炭たん治じ郎ろうが近ちかづいていくと、幼おさない方ほうが彼かれに気きづき、さっと年上としうえの少女しょうじょの袖そでをつかんだ。
「どうしたんだ? 何なにを言いい争あらそってたんだい?」
 少女しょうじょたちを怖こわがらせないように、その場ばにしゃがみこんで尋たずねる。
 年嵩としかさの方ほうの少女しょうじょが、炭たん治じ郎ろうを素早すばやく一瞥いちべつすると「鬼おに狩がりの方かたですか?」と逆ぎゃくに質問しつもんしてきた。
「ひささんのところにお泊とまりになられている」
「うん。俺おれは炭たん治じ郎ろう。君きみたちは、姉妹しまいなの?」
「はい。私わたしが姉あねのあかね﹅﹅﹅で、妹いもうとのあかり﹅﹅﹅です」
 姉あねが名乗なのると、あかりは照てれたのか姉あねの背中せなかにすっぽりと隠かくれてしまった。そして、顔かおだけちょこんと出だして炭たん治じ郎ろうをチロッと見みると、またしゅっと隠かくれた。
 子供こどもらしいその仕草しぐさに、炭たん治じ郎ろうの頬ほおが思おもわずほころぶ。
(六ろく太たもこんな風ふうだったな)
 いや、茂しげるや花子はなこ、竹雄たけおや――そして、禰ね豆ず子こにもこんな時ときがあった。

28

 炭たん治じ郎ろうが在ありし日ひをしんみりと思おもい出だしつつ、
「とよさんっていうのは、今回こんかい、町まちへお嫁入よめいりする人ひと?」
 と姉妹しまいに尋たずねる。
「はい」
「あのね。とよちゃん、ホ﹅オ﹅ズ﹅キ﹅カ﹅ズ﹅ラ﹅を見みつけたんだよ」
 再ふたたび、姉あねの脇わきから顔かおを出だすと、あかりが口くちを挟はさんできた。
「――ホオズキカズラ?」
 炭たん治じ郎ろうが小首こくびを傾かしげる。山やま育そだちの彼かれでも初はじめて聞きく名前なまえだった。
「それは、花はなか何なにかなの?」
「うん。花はなだよ」
 あかりはこくりと肯うなずくと、小ちいさな指ゆびで近ちかくに見みえる山やまの一ひとつをさした。
「あの山やまに生はえてるの。それを持もってると、た﹅ま﹅の﹅こ﹅にのれるんだって」
「たまのこ? ああ、玉たまの輿こしのことか」
「だから、とよちゃんはお金持かねもちの家いえにお嫁よめに行いけたんだよ」
 少女しょうじょが得意とくいそうに言いう横よこで、
「単たんなる言いい伝つたえです」
 あかねが両りょうの眉まゆ尻じりを下さげた。

29

「この村むらに昔むかしからある言いい伝つたえなんです。『新月しんげつの晩ばんにだけ咲さくその花はなを肌身はだみ離はなさず持もっていると、愛あいする人ひとと結婚けっこんして、誰だれよりも幸しあわせになれる』と――。とよさんはとても良よい縁えんに恵めぐまれたから。きっと、ホオズキカズラを見みつけたんだろうって、村むらの老人ろうじんたちがそう話はなしてるのを、この子こが聞きいてしまって……」
「なるほど」
 得心とくしんした炭たん治じ郎ろうがポンと片手かたてを打うつ。
「今日きょうは新月しんげつだから――」
「……はい」
 あかねが困こまったものだというように肯うなずく。
「これから取とりに行いくんだってきかなくて……幻まぼろしの花はなだって言いっているのに」
 それでケンカになったというわけか。
 他愛たあいもない原因げんいんだが、もう夕方ゆうがただ。直じきに暗くらくなれば、鬼おにが出始ではじめる。姉あねであるあかねの心配しんぱいはもっともだった。
 炭たん治じ郎ろうが姉あねの背中せなかにぺったりとはりついたあかりを覗のぞきこむ。
「でも、夜よるの山やまは危あぶないよ?」
「あかりもう六ろく歳さいだよ」
 おかっぱ頭あたまの少女しょうじょは、いかにもきかんきな顔立かおだちでそう応こたえた。

30

 炭たん治じ郎ろうは内心ないしん、吹ふき出だしてしまったが、表おもて向むきは至極しごく真面目まじめな顔かおで少女しょうじょを諭さとした。
「大人おとなでも危あぶないんだ」
「鬼おにがいるから?」
「うん」
「ふーん…………鬼おにって怖こわいの?」
「うん。とっても怖こわいよ」
 炭たん治じ郎ろうがしかつめらしく肯うなずいてみせると、あかりはしばらく考かんがえていたが、
「わかった」
 と、渋々しぶしぶ納得なっとくした。「お山やまには行いかない」
 それを聞きいたあかねがほっとしたように、
「ありがとうございます。お陰様かげさまで助たすかりました」
 深々ふかぶかと頭あたまを下さげ、「――ほら、行いくわよ」と妹いもうとの腕うでを引ひいた。
 炭たん治じ郎ろうが二ふた人りの背中せなかを見送みおくっていると、
「どうしたんだ? 炭たん治じ郎ろう。今いまの子こたち、なんだって?」
 と、善ぜん逸いつがやってきた。後うしろに伊い之の助すけの姿すがたもある。
「何なにか聞きかれたの?」
「ああ――」

31

 炭たん治じ郎ろうが今いま、聞きいた話はなしを二ふた人りへ伝つたえると、
「ケッ、くだらねえ。ただのガキの戯言ざれごとじゃねえか」
 伊い之の助すけは針はりの先さきほどの関心かんしんもなさそうだったが、対たいする善ぜん逸いつは、
「へえ~、おもしろそうな花はなだなあ」
 と興味きょうみ深ぶかそうにつぶやいた。
「愛あいする人ひとと結婚けっこんして、誰だれよりも幸しあわせになれる――ってとこがいいよなあ。まあ、それで玉たまの輿こしってのは、さすがに飛躍ひやくがすぎるけどさ」
「あくまで言いい伝つたえだぞ? 善ぜん逸いつ」
 彼かれの結婚けっこん願望がんぼうの強つよさを思おもい出だした炭たん治じ郎ろうが釘くぎを刺さす。
 何なにせ、道端みちばたで初はじめて会あったばかりの少女しょうじょに泣なきながら求婚きゅうこんしていたような男おとこだ。
「幻まぼろしの花はなだって、あかねちゃんが」
「そりゃそうだろうけど、女おんなの子こってさ、そういう恋愛れんあいの絡からんだ幻想げんそう的てきな言いい伝つたえとかに弱よわいわけよ」
「! そうなのか?」
「うん。おまじないとかも好すきだろ? 花はな占うらないとかもさ。新月しんげつの夜よるにだけ咲さく花はなってのも、女おんなの子こがいかにも好すきそうだし。――そういや、新月しんげつの晩ばんの願ねがい事ごとは叶かなうって言いうから、それに因ちなんでるのかもな……だとすれば、ひょっとするとひょっとするかもな。言いい伝つたえってのも、まったくのデタラメじゃないことが多おおいし……」
32
 本当ほんとうにそういう花はながあるのかもしれないぞ、と善ぜん逸いつが訳わけ知しり顔がおで語かたる。
「よく知しっているなあ。善ぜん逸いつは」
 存外ぞんがいに鋭するどい見解けんかいを炭たん治じ郎ろうが褒ほめると、
「おまっ! 褒ほめてもなにも出でねえぞ!!」
 赤あかくなった善ぜん逸いつが「うふふっ」と気き持もちの悪わるい照てれ笑わらいをもらす。
 よくよく考かんがえれば、女おんなの子ことの会話かいわを弾はずませるなど、下卑げびた目的もくてきでそういったことに詳くわしいのかもしれないが、炭たん治じ郎ろうは素直すなおに感心かんしんしていた。
(そっか、女おんなの子こはそういうのが好すきなのか)
 ということは――。
(禰ね豆ず子こも……?)
 背中せなかに当あたる霧きり雲くも杉すぎの固かたい感触かんしょくに、炭たん治じ郎ろうが両りょう目めを細ほそめる。
 さっき見みたばかりの、とよの愛あいらしい花嫁はなよめ姿すがたが禰ね豆ず子こに重かさなる。

 黒くろ引びき振袖ふりそで姿すがたの妹いもうとが微笑ほほえんでいる――。
 うれしそうに。
 とても幸しあわせそうに。

33

 その想像そうぞうに、頭あたまの中なかの霧きりがさーっと晴はれていく。
(……そうだったのか……)
 モヤモヤの原因げんいんにようやく気きづいた。
「オイ、お前まえら! そんなことより、早はやくババァの家いえに帰かえんぞ! ババァが衣ころものついたやつを揚あげて待まってるからな!!」
 盛大せいだいに腹はらの虫むしを鳴なかせた伊い之の助すけが、炭たん治じ郎ろうを急せき立たてる。なまじご馳走ちそうを思おもい出だしたせいで腹はらが減へったのだろう。
「ホラ、ぐずぐずすんな!!」
「てか、まだ食くうの? お前まえ」
 どんだけ食くう気きだよ、とげんなり顔がおの善ぜん逸いつが、立たち止どまったままでいる炭たん治じ郎ろうを振ふり返かえる。
「どうしたの? 行いくよ?」
「…………」
「炭たん治じ郎ろう?」
 炭たん治じ郎ろうはかすかに躊躇ためらった後あとで、
「ごめん。ちょっと用ようがあるから、善ぜん逸いつと伊い之の助すけは先さきに帰かえっててくれ」
 二ふた人りにそう言いい残のこし、逸はやる心こころのまま、あかねとあかりの後あとを追おった。

34

「あ……いた! あそこだ」
 別わかれてから少すこし経たっていたので追おいつけるか心配しんぱいだったが、相手あいては幼おさない少女しょうじょの二ふた人り連づれである。炭たん治じ郎ろうの鼻はなの力ちからもあって、すぐに追おいついた。
 夕焼ゆうやけの中なか、小ちいさな影かげが二ふたつ、仲良なかよく手てを繋つないでいる。
「あかねちゃん、あかりちゃん! ちょっと待まって――」
「?」
 声こえをかけると、姉あねと妹いもうとがよく似にた顔かおで振ふり向むいた。
 二ふた人りとも不ふ思し議ぎそうな顔かおをしている。

「鬼おに狩がりのお兄にいちゃん?」
「どうかしましたか?」

「ホオズキカズラについて、もっと詳くわしく教おしえて欲ほしいんだ」

 炭たん治じ郎ろうが告つげると、幼おさない姉妹しまいはきょとんと見開みひらいた目めをそれぞれ瞬しばたたかせた……。

35

挿絵

 ――その晩ばん。

「うふふ……え? そう? そんなこと……うふふっ……すーすー……え? えへへへ……もう、禰ね豆ず子こちゃんったら…………ぐぅぐぅ……」
 善ぜん逸いつが世よにも幸しあわせな夢ゆめを見みていると、布団ふとんから出でている肩かたを激はげしく揺ゆさぶられた。
「……も~……うるさ……ふが……折角せっかく、今いま、いいとこなんだからさ……邪魔じゃますんなよ……伊い之の助すけ……ぐぅ…………うふふ……そんなことないって…………ふごふご……禰ね豆ず子こちゃんは、ほんと可愛かわいいなあ……ぐふふ」
「…………」
 うっとうしい腕うでから逃のがれるように、ゴロンと寝返ねがえりを打うつと、今度こんどは額ひたいをペシペシ叩たたかれた。善ぜん逸いつが眠ねむりながら眉間みけんに皺しわを寄よせる。
「ん~……なに……? 今度こんどは、炭たん治じ郎ろうォ? 今いま、俺おれ、禰ね豆ず子こちゃんと愛あいを語かたらってるんだから少すこしは遠慮えんりょしろよ……すーすー……ねえ、禰ね豆ず子こちゃん……」

36

 ペシペシペシ。

「俺おれさ、初はじめて会あった時ときから禰ね豆ず子こちゃんのこと……うふっ……うふふ……そう……ほんとだって……くかー……ね? 俺おれたち結むすばれる運命うんめいなんだよ…………ぐぅぐぅ……」

 ペシペシペシペシペシペシペシペシ――。

「だー!! もう! うるさいって言いってんだろ!? さっきから、ペシペシペシペシ!! なに!? 一体いったい、なんなの!? いやがらせ!? お前まえら、俺おれになんの恨うらみがあ――」
 しつこく叩たたき続つづける相手あいてに、ようやく目めを開あけた善ぜん逸いつがブチ切ぎれる。
 だが――。
「!?」
 暗闇くらやみの中なかで自分じぶんを覗のぞきこんでいる相手あいてが、伊い之の助すけでも炭たん治じ郎ろうでもなく、箱はこから出でてきた禰ね豆ず子こだとわかった途端とたん、すべての怒いかりは跡形あとかたもなく吹ふき飛とんだ。
「ね、ね、禰ね豆ず子こちゃん? ど……ど、ど、どうしたの? こここんな夜更よふけに……」
 文字もじ通どおり飛とび起おきた善ぜん逸いつが、茹ゆで蛸だこのような顔かおで狼狽ろうばいする。
「まさか、俺おれに会あいに来きたの!? なんてことはないよね……ア、アハハ……あ、もしかして伊い之の助すけの鼾いびきがうるさかった!? ハハハ……アイツ、ホントにすごいよね」
37
 すると、禰ね豆ず子こがふるふると頭あたまを振ふった。艶つややかな黒髪くろかみが揺ゆれる。
「え? ち、違ちがう? まさか、俺おれ!? 俺おれでした!? 俺おれの鼾いびきがうるさかったの!? もしかして、歯はぎしりとかしちゃってた!? ゴメンねえ!?」
 善ぜん逸いつが両手りょうてを無む意味いみに動うごかしながら、わたわたと謝あやまると、禰ね豆ず子こは再ふたたび頭あたまを振ふり、焦じれたように「うー……」と善ぜん逸いつの脇わきにある布団ふとんを指ゆびさした。
 それに善ぜん逸いつが、両手りょうての不ふ自然しぜんな動うごきを止とめる。
「え? なに、炭たん治じ郎ろうがどうかした?」
 布団ふとんを覗のぞきこんだ善ぜん逸いつが、アラ、と片かた眉まゆを上あげる。
 炭たん治じ郎ろうが寝ねていたはずの布団ふとんは、空からだった。
 因ちなみに、反対はんたい側がわの布団ふとんでは伊い之の助すけが鼻はな提灯ちょうちんをふくらませ爆睡ばくすいしている。
 禰ね豆ず子こが不安ふあんそうに周囲しゅういを見みまわす。
 その仕草しぐさに、善ぜん逸いつがああと納得なっとくする。炭たん治じ郎ろうを探さがしているのだ。
 おそらく、夜よるになって箱はこから出でてきた禰ね豆ず子こが、兄あにの姿すがたが見みえないことを案あんじ、善ぜん逸いつを揺ゆすり起おこしたのだろう。
(あー、禰ね豆ず子こちゃんてば、可か愛わいすぎるよ……ほんと、お兄にいちゃんが大好だいすきなんだなあ……ああ……妬ねたましいなぁ、炭たん治じ郎ろう……でも、伊い之の助すけじゃなくて俺おれを頼たよってくれたんだよなぁ……ああ、禰ね豆ず子こちゃん。大好だいすきだよぉ)
38
 胸むねの奥おくがキュンとなった善ぜん逸いつが、
「きっと、厠かわやにでも行いったんだよ。すぐに帰かえってくるよ」
 デレーッとした顔かおでそう宥なだめるも、
「"うーっ"うーっ!!」
 禰ね豆ず子こは何故なぜか、怒おこったような顔かおでぶんぶんと頭あたまを振ふった。

「うー!」
「?」

 禰ね豆ず子この様子ようすにただならぬものを感かんじた善ぜん逸いつが、炭たん治じ郎ろうの布団ふとんをめくって、敷布団しきぶとんに触ふれてみる。
「え……」
 冷つめたい。ひんやりとした感触かんしょくに、善ぜん逸いつの顔かおから赤あかみが消きえる。
 ついさっきまで、ここで人ひとが眠ねむっていたとは到底とうてい、思おもえない冷つめたさだった。
 部屋へやを調しらべてみると、炭たん治じ郎ろうの隊たい服ふくと日にち輪りん刀とうが消きえ、代かわりに今いままで着きていた着物きものが綺麗きれいに畳たたんで置おいてあった。

39

「? どこ、行いったんだよ? 炭たん治じ郎ろう……!?」
 さすがに心配しんぱいになった善ぜん逸いつが、庭にわに面めんした障子しょうじをガラリと開あける。
 外そとは暗くらく、その分ぶん、星ほしがうつくしく輝かがやいていた。
「そっか……今日きょうは新月しんげつなんだよな」
 その時とき、ふと、昼間ひるまの出来事できごとが頭あたまを過よぎった。

 花嫁はなよめを見みたあたりから、いつもと違ちがった炭たん治じ郎ろうの〝音おと〟――。
 好すきな人ひとと結婚けっこんでき、誰だれよりも幸しあわせになれるという、ホオズキカズラ。
 禰ね豆ず子この名前なまえを出だした瞬間しゅんかん、炭たん治じ郎ろうの心臓しんぞうが跳はね上あがるのがわかった。

 用事ようじがあるからと、少女しょうじょたちの後あとを追おった炭たん治じ郎ろうの背中せなかにゆれる、木箱きばこ……。

 善ぜん逸いつが禰ね豆ず子こを振ふり返かえる。

「アイツ、まさか――」

 炭たん治じ郎ろうが此この世よの何なにより――きっと自分じぶん自身じしんよりも大切たいせつに想おもっている少女しょうじょは、ぎゅっと眉まゆを寄よせ、兄あにの布団ふとんをにぎりしめていた。

40

挿絵

 目めに映うつるのは、まさに満天まんてんの星ほしだった。

「――う……うぅ…………」

 炭たん治じ郎ろうは、湿しめった土つちの上うえに倒たおれていた。
 彼かれが落おちたと思おぼしき崖がけは、思おもいの外ほか、高たかかった。
 偶々たまたま落おちた先さきがやわらかな腐葉土ふようどだったお陰かげで助たすかったが、しばらく気きを失うしなっていたようだ。
「…………っ……!」
 身みを起おこそうとして、小ちいさいうめき声ごえをもらす。
 身体からだ中じゅうが痛いたい。
 特とくに肋骨ろっこつは、もう少すこしで完治かんちしかけていただけに――よしんば、また折おれているなどということがあったら、あまりにも情なさけない。

41

 献身けんしん的てきに看病かんびょうしてくれたひさにも、合あわす顔かおがない。
(……まさか、崖がけから落おちるなんて)
 己おのれの鍛錬たんれん不足ぶそくを恥はじ入いりながら、出来できる限かぎりそーっと起おき上あがる。鈍にぶい痛いたみが依然いぜんあったが、どうやら折おれていなさそうだった。
 ほっとしたところで、木きの枝えだがガサガサ音おとを立たてた。
 その奥おくから、彼かれが崖がけから落おちた原因げんいんが現あらわれる。
 それに、思おもわず炭たん治じ郎ろうの顔かおがほころんだ。
「無事ぶじだったのか。よかった」
 人間にんげんの大人おとな程ほどの大おおきさがある猪いのししは、フガフガと鼻はなを鳴ならすと、炭たん治じ郎ろうをじーっとねめつけてきた。
「今度こんどからは、気きをつけるんだぞ?」
 炭たん治じ郎ろうが笑顔えがおでそう言いうと、猪いのししはまたフガフガと鼻はなを鳴ならした。

 今いまから、数すう刻こく前まえ――。

 ホオズキカズラを探さがすべく、意気いき揚々ようようと山やまに入はいったはいいが、夜よるの山やまでの花はな探さがしは思おもいの外ほか、難航なんこうした。

42

 幾いくら山やま育そだちとはいえ、ここは炭たん治じ郎ろうが育そだった山やまではない。
 勝手かってのわからない山道やまみちを、本当ほんとうに存在そんざいするのかもわからない花はなを探さがして歩あるくのは、思おもった以上いじょうに根気こんきがいった。
 何なにより、あかねとあかりには絵え心ごころがまったくと言いっていいほどなく、彼女かのじょたちが一生懸命いっしょうけんめい描えがいてくれた絵えは、まるで役やくに立たたなかったのである。――それでも、

『葉はっぱは目めにも鮮あざやかな緑色みどりいろで、縁ふちに大おおきめな鋸のこぎり歯ばがあるという話はなしです』
『花はなびらの数かずは五ご枚まいって聞きいたよ。こういう感かんじにふわっとなってるんだって。ホラ、見みて? こういう形かたち。ううん、違ちがう、違ちがう。こうだって、こう。もう、下手へただなあ』
『花はなの色いろは朱しゅ色いろがほとんどだそうです。偶たまに赤あかや白色しろいろのものもあるそうですが……他ほかに特徴とくちょうというと……ああ、そういえば、花はなびらの一ひとつ一ひとつが猪いのししの目めのような形かたちをしていると聞きいたことがあります。それがなんとも可憐かれんだと。匂においですか? 匂においまでは……』

 葉はの形かたちや、花はなびらの数かず、色合いろあいなど――口頭こうとうで教おしえてもらったわずかな手てがかりをもとに、地道じみちに探さがし続つづける炭たん治じ郎ろうの元もとに、茂しげみの奥おくから一いっ匹ぴきの猪いのししが顔かおを覗のぞかせた。
 伊い之の助すけとよく似にたその猪いのししの息いきは荒あらく、全身ぜんしんから怒おこった匂においがした。

43

 見みると、足あしの付つけ根ねにまだ新あたらしい傷きずがあった。かなり深ふかい傷きずだ。それで気きが立たっているのだろう。
『怪け我がしてるのか? ほら、見みせてごらん。大丈夫だいじょうぶだから……ああ、ダメだ。そんなに動うごきまわったら、傷きずが……!! 危あぶなっ――』
 暴あばれる猪いのししを宥なだめている内うちに、危あやうく猪いのししが崖がけから落おちかけ、咄嗟とっさに自分じぶんの身体からだで守まもったのだ。

 ――そして、今いまに至いたる。


「よいっしょっと――これで、よし。これからは気きをつけろよ?」
 大人おとなしくなった猪いのししの傷口きずぐちを簡単かんたんに手当てあてしてやった炭たん治じ郎ろうが、にっこりと微笑ほほえみかける。
 見みれば見みる程ほど、伊い之の助すけとそっくりだった。
「じゃあ、俺おれはホオズキカズラを探さがさなくちゃいけないから、元気げんきでな」
 そう言いって立たち去さろうとすると、猪いのししが炭たん治じ郎ろうの羽織はおりの裾すそをあぐっと噛かんだ。
「わっ! どうしたんだ? お腹なか空すいたのか? でも、これは羽織はおりだから食たべちゃダメだ」
「ヴ――――ッ」
 猪いのししが低ひくくうなりながら、炭たん治じ郎ろうの羽織はおりを引ひっ張ぱる。

44

「え? ついてこいって?」
「ヴ――――ッ!!」
「よし。わかった」
 瞬時しゅんじに猪いのししと心こころを通かよわせた炭たん治じ郎ろうが、こくりと肯うなずく。
 まかせろとばかりに猪いのししが歩あるき始はじめたので、その背せに従したがう。
 だいぶ歩あるいたところで、鬱蒼うっそうとした茂しげみの奥おくに小ちいさな洞窟どうくつが見みえた。
「……――あ」
 その洞窟どうくつの脇わきに、朱しゅ色いろの花はなが咲さいていた。
 それに、炭たん治じ郎ろうは両りょう目めを見開みひらく。
 目めにも鮮あざやかな緑色みどりいろの葉は。ふんわりと開ひらいた五ご枚まいの花弁かべんは、どれも猪いのししの目めのような形かたちをしていた。
 炭たん治じ郎ろうの喉のどが小ちいさく音おとを立たてる。

「ホオズキ…カズラ……――?」

 夜露よつゆに濡ぬれた花弁かべんはなんとも可憐かれんで、まるで星ほしを散ちりばめたようにキラキラと輝かがやいていた。

45

挿絵

 一夜いちやにして家族かぞくを奪うばわれたあの時とき――。
 禰ね豆ず子こだけでも息いきがあるとわかって、どれほどほっとしたか。
 どれほどうれしく、どれほど救すくわれたか。

 もしかすると、禰ね豆ず子こは不ふ甲が斐いない兄あにをひとりぼっちにしない為ために、鬼おにと成なってまで、生いき延のびてくれたのかもしれない……。

 そんなことをふと思おもった時とき、泣なきだしたいくらいの愛いとしさと憐憫れんびんの情じょうを妹いもうとに感かんじた。

 幼おさない頃ころから辛抱しんぼうばっかりだった禰ね豆ず子こ。
 悲かなしいくらいやさしい禰ね豆ず子こ。
 もう、お前まえから何なに一ひとつ、奪うばわせないと誓ちかうよ。
 もう誰だれにもお前まえを傷きずつけさせやしない。
 兄にいちゃんが、きっと、お前まえを幸しあわせにしてやるから。

46

 みんなにしてやれなかった分ぶんまで、全部ぜんぶお前まえに――。

挿絵

「……アレ? みんな……もう、起おきてるのか?」

 ひさの家いえに戻もどると、炭たん治じ郎ろうたちが寝起ねおきしている部屋へやがひどく騒さわがしかった。
 深夜しんやだというのに灯あかりがともっており、廊下ろうかの先さきにまで話はなし声ごえがもれている。

「だから、炭たん治じ郎ろうのバカが花はなを探さがしに山やまに入はいっちゃったんだよ! そう、夜よるの山やまだよ。鬼おにが出でたら危あぶないだろ? 探さがしに行いくから、お前まえもついてきてって、そう言いってんの。俺おれは」
「はあ? なんで俺おれ様さまがこんな夜更よふけに、紺こん治郎じろうを探さがしに行いかなきゃなんねえんだよ? お前まえだけで行いけばいいだろ?」
「夜よるの山やまなんて怖こわいじゃない!! 一人ひとりでなんて怖こわいじゃない!!」
「チッ……弱よわ味み噌そが。大体だいたい、炭たん五ご郎ろうのバカはなんで山やまになんか入はいったんだよ?」
「だから、花はなを探さがしに行いったんだって言いってるじゃん!! 話はなし、聞きけよ!」
「花はなぁ? 豚とん太郎たろうのバカはどうして花はななんざ取とりに行いったんだよ? 女おんなみてえな奴やつだな……」

47

「大方おおかた、ホオズキカズラの話はなしを聞きいて、禰ね豆ず子こちゃんにあげようと思おもったんだろ。あのバカ炭たん治じ郎ろう」
「なんだ? ホオキカブラって。食くい物ものか?」
「ホ﹅オ﹅ズ﹅キ﹅カ﹅ズ﹅ラ﹅だよ! 昼間ひるま、村むらの女おんなの子こたちが話はなしてたじゃん。伊い之の助すけも横よこで聞きいてただろ? むしゃむしゃむしゃむしゃ、餅もち喰くいながらさあ。忘わすれたの?」
「餅もちは覚おぼえてんぞ。美味うまかった」
「バカ! 伊い之の助すけのバカ!! もうバカばっかりだよ!!」
「なんだと!?」

(ものすごいバカバカ言いわれている……それから、伊い之の助すけの名前なまえの言いい間違まちがえがすごいな……)
 ごくりと唾つばを飲のみこんだ炭たん治じ郎ろうが、おずおずと襖ふすまを開あける。「……ただいま」
 ――と、部屋へやの中なかでは、伊い之の助すけが善ぜん逸いつを締しめ上あげていた。
「!? うわあ!!! 何なにやってるんだ! 止やめろ、伊い之の助すけ!!」
 慌あわてて二ふた人りの間あいだに割わって入はいる。
「善ぜん逸いつを離はなせ、伊い之の助すけ」

48

「うるせぇ、豚とん治郎じろう!! コイツが俺おれ様さまをバカにしたんだ!! ぶちのめしてやらなきゃ気きが済すまねえ!!」
「隊員たいいん同士どうしでやり合あうのは御ご法度はっとだって、いつも言いってるだろう!? 今いますぐ、手てを離はなすんだ!!」
 一喝いっかつし、どうにか二ふた人りを引ひき離はなす。
「ケッ」
「うぅ……たんじろぉ」
 舌打したうちする伊い之の助すけと、すがりついてくる善ぜん逸いつを宥なだめながら、
「――ところで、禰ね豆ず子こは? 箱はこの中なかか?」
 と尋たずねると、炭たん治じ郎ろうの布団ふとんの中なかから妹いもうとがもぞりと顔かおを出だした。
「…………」
「なんだ。そんなところにいたのか」
 炭たん治じ郎ろうがぱっと顔かおを輝かがやかせ、隊たい服ふくの懐ふところに大事だいじにしまっておいた花はなをいそいそと取とりだす。花はなは少すこしばかり曲まがっていたが、萎しおれてはいなかった。
 輝かがやくようにうつくしいそれを、右手みぎてで妹いもうとの胸元むなもとにそっと差さしだす。
「これ、お土産みやげだぞ。ホオズキカズラだ」
「…………」

49

挿絵

50

「これを持もっていれば、好すきな相手あいてと結婚けっこんできて、誰だれよりも幸しあわせになれるんだ」
 にこにこと炭たん治じ郎ろうが告つげる。
 しかし、妹いもうとは幾いくら待まっても手てを出だしてこなかった。
「?」
 心こころなしか元気げんきもない。
 もしかすると、いきなりいなくなったことで、いらぬ心配しんぱいをかけたのかもしれない。だとしたら、可哀想かわいそうなことをしてしまった。
 炭たん治じ郎ろうがその声こわ音ねを一際ひときわ、やさしくする。
「心配しんぱいかけてごめん。花はな、綺麗きれいだろ?」
「…………」
 禰ね豆ず子こは花はなを見みつめると、炭たん治じ郎ろうの手てからそれを受うけ取とり、自分じぶんの髪かみにつけてみせた。
 炭たん治じ郎ろうから笑えみが零こぼれるのを見みると、同おなじく顔かおを綻ほころばせた。
 そして、自分じぶんの髪かみから花はなをとり、今度こんどは炭たん治じ郎ろうの頭あたまにつけた。
「……ん? いや、禰ね豆ず子こ、違ちがう違ちがう。俺おれはいらないんだ。お前まえが――……」
 炭たん治じ郎ろうがそう言いうと、禰ね豆ず子こから笑顔えがおが消きえ、その眉まゆは八はちの字じに下さがってしまった。
(あ……――)
 ひどく悲かなしげにも見みえるその目めは、昔むかし、どこかで見みたような気きがした。

51

 妹いもうとが兄あにを見みつめている。

 責せめるような。
 どこか、憐あわれむような〝匂におい〟がした――。

「……………ゴメン……」
 どうすることも出来できず、その目めを見返みかえしている内うちに、不ふ意いに昔むかしのことを思おもい出だした。

『謝あやまらないで。お兄にいちゃん。どうしていつも謝あやまるの?』

 炭たん治じ郎ろうはハッと息いきを飲のんだ。
 どういった状況じょうきょうだったかは忘わすれたが、あの時とき、妹いもうとは珍めずらしく怒おこっていた。
 滅多めったに見みせぬような険けわしい顔かおで、兄あにを見据みすえていた。
 あれは、そう――寒さむい日ひだった。
 体からだの芯しんまで凍こおりつくような冷つめたい雪ゆきが降ふっていた。
 確たしか、父ちちが死しんですぐのことだ。

52

『貧まずしかったら不幸ふこうなの? 綺麗きれいな着物きものが着きれなかったら、可哀想かわいそうなの?』

 妹いもうとはそう言いって、兄あにを真まっ直すぐにねめつけてきた。怒いかり、苛立いらだつ以上いじょうに、悲かなしい〝匂におい〟がした。

『精一杯せいいっぱい頑張がんばっても駄目だめだったんだから、仕方しかたないじゃない。人間にんげんなんだから、誰だれでも……なんでも思おもい通どおりにはいかないわ』

 記憶きおくの中なかの禰ね豆ず子こが今いまの禰ね豆ず子こと重かさなる――。
 妹いもうとの深ふかい悲かなしみを湛たたえた瞳ひとみに、胸むねが軋きしむ。

 違ちがう。
 違ちがうんだ、禰ね豆ず子こ。

(俺おれは、ただ……お前まえに幸しあわせになってほしくて……それで――――)

『幸しあわせかどうかは自分じぶんで決きめる。大切たいせつなのは〝今いま〟なんだよ』

53

「!!」

 かつて妹いもうとに言いわれた言葉ことばが、耳元みみもとで蘇よみがえる――その瞬間しゅんかん、頭あたまを思おもいっきりぶん殴なぐられたような気きがした。
 そうだ――。
 家いえが貧まずしいことを、綺麗きれいな着物きものを着きせてやれないことを、毎日まいにち毎日まいにち働はたらいてばかりのことを、大好だいすきな父親ちちおやが死しんでしまったことを、弟おとうとや妹いもうとの為ために辛抱しんぼうばかりさせていることを謝あやまり続つづける兄あにに、妹いもうとはそう言いったんだ。

 もう、謝あやまらないで、と。

『お兄にいちゃんならわかってよ。私わたしの気き持もちをわかってよ』

(ああ――――)
 同おなじ気き持もちなんだ。
 禰ね豆ず子こも自分じぶんと。

54

 なんとしても、禰ね豆ず子こを人ひとに戻もどしてやりたい。
 出来できれば、年頃としごろの娘むすめらしい華はなやいだ日々ひびを過すごさせてやりたい。
 願ねがわくは、好すきな男性だんせいと添そわせてやりたい。

 誰だれよりも、幸しあわせになってほしい……。

 そう思おもわぬ日ひはない。
 だけど、それは禰ね豆ず子こも同おなじ気き持もちなんだ。
 炭たん治じ郎ろうが妹いもうとを思おもうように、禰ね豆ず子こも兄あにを思おもっている。
 だから、幸しあわせになれる花はなを炭たん治じ郎ろうにも与あたえてくれたのだ。
 今いま、生いきていて、これからの未来みらいがある禰ね豆ず子こは、不幸ふこうな娘むすめではない。
 家族かぞくを惨殺ざんさつされ鬼おにとなり、未いまだ辛つらく苦くるしい状況じょうきょうではあるが、お館やかた様さまに鬼殺きさつ隊たいとして認みとめられ、大切たいせつに思おもってくれる仲間なかまがいて、鬼おにであることすら気きに留とめず、愛情あいじょうを向むけてくれる男おとこがいる。

 そんな妹いもうとの幸しあわせな未来みらいの為ために、自分じぶんは戦たたかっているのだ――。

55

 炭たん治じ郎ろうが妹いもうとの身体からだを引ひき寄よせ、そっと抱だきしめる。
「ありがとう。禰ね豆ず子こ……」
 禰ね豆ず子この方ほうでも兄あににぎゅっとしがみついてきた。
 その確たしかな重おもみとぬくもりに、炭たん治じ郎ろうの両りょう目めから思おもわず涙なみだが零こぼれ落おちる。
 しばらくの間あいだ、炭たん治じ郎ろうが無言むごんで妹いもうとを抱だきしめていると、
「なあ――」
 と、伊い之の助すけがさも不思議ふしぎそうに尋たずねてきた。
「どうして泣ないてんだ? どっか痛いたいのか?」
 すると、もらい泣なきしていた善ぜん逸いつが、
「伊い之の助すけ」
 と小声こごえでたしなめた。
「お前まえ、空気くうき読よめないのかよ? 読よめないなら、せめて、黙だまってろよ」
「で? 総一郎そういちろうはなんで山やまになんざ登のぼってたんだ?」
「おまっ……さっきの俺おれの話はなし、聞きいてなかったの? ホオズキカズラを取とってくる為ために、登のぼったんだろうが」
 ホレ、それだよ――と、善ぜん逸いつが炭たん治じ郎ろうの髪かみにささったままの花はなを指ゆびさす。

56

 物もの憂うげに花はなを一瞥いちべつした伊い之の助すけが、
「でも、それ、ホオキカブラなんていう名前なまえじゃねえぜ」
 と言いった。
 そのあまりにあっけらかんとした言いい方かたに、

「「…………えっ…………?」」

 思おもわず、炭たん治じ郎ろうと善ぜん逸いつの声こえがぴったりと合あわさった……。

挿絵

「…………なんか、昨日きのうは色々いろいろ、残念ざんねんだったな」

 翌よく朝あさ、炭たん治じ郎ろうが縁台えんだいでぼんやり日ひの光ひかりを浴あびていると、善ぜん逸いつがおずおずと声こえをかけてきた。
 庭にわの中央ちゅうおうでは、伊い之の助すけが「猪突ちょとつ猛進もうしん!!」と叫さけびながら、猛烈もうれつな走はしりこみをやっている。
 炭たん治じ郎ろうの側そばには、禰ね豆ず子この入はいっている木箱きばこがあった。

57

 結局けっきょく、昨夜さくや、炭たん治じ郎ろうが取とってきた花はなは『ホオズキカズラ』ではなく『イノメモドキ』という花はなだった。
 花はなびらの部分ぶぶんがひどく甘あまい為ため、大抵たいてい、食くい荒あらされてしまうが、何故なぜか猪いのししだけはそれを食たべず、その為ために、猪いのししのねぐらの側そばには、結構けっこう、咲さいているのだという。
 つまり、昨夜さくやの猪いのししは炭たん治じ郎ろうと心こころが通つうじ合あったわけではなく、命いのちを救すくわれ、傷きずを治なおしてもらった礼れいにねぐらへ招待しょうたいしたつもりだったのだろう。
 因ちなみに、新月しんげつの晩ばんだけでなく、満月まんげつの晩ばんも咲さけば、朝あさや昼ひるも普通ふつうに咲さくそうだ。

「俺おれが女おんなの子こが喜よろこぶとか、本当ほんとうにあるのかもとか、色々いろいろ、言いっちゃったせいだろ? なんか、悪わるかったな」
「――いや、俺おれが勝手かってにやったことだ。善ぜん逸いつはちっとも悪わるくないよ」
 炭たん治じ郎ろうが笑顔えがおで頭かぶりを振ふる。
「昨日きのう、善ぜん逸いつに俺おれの〝音おと〟が変へんだって言いわれただろう?」
「え? あ、ああ……言いったけど?」
「俺おれ自身じしん、あの時ときには、よくわからなかったんだけど、幸しあわせそうなとよさんを――綺麗きれいな花嫁はなよめさんを見みて、陽ひの光ひかりも浴あびられない禰ね豆ず子こが、不憫ふびんでならなかったんだと思おもう……」

58

 綺麗きれいな着物きものを着きせてやれないことも。
 陽ひの光ひかりの下したで暮くらさせてやれないことも。
 血ちなまぐさい戦たたかいに巻まきこみ、傷きずつけ、年頃としごろの娘むすめらしい喜よろこびを何なに一ひとつ与あたえてやれないことも――。

 そのすべてが申もうし訳わけなくて、居いたたまれなくて、どうしていいかわからなかった。

「だけど、禰ね豆ず子こは――……」
「…………」

 禰ね豆ず子こは己おのれを不幸ふこうだと、哀あわれむような娘むすめではない。
 人ひとであった頃ころと同おなじように、懸命けんめいに〝今いま〟を生いきようとしている。
 何なにより、禰ね豆ず子この〝幸しあわせ〟は禰ね豆ず子こ自身じしんが決きめることだ。
 それは、愛あいする人ひとと結婚けっこんし、添そい遂とげることかもしれないし、違ちがうかもしれない。

 どちらにせよ、兄あにである自分じぶんが押おしつけるものでは決けっしてない。
 なのに、妹いもうとの〝今いま〟を不幸ふこうだと決きめつけて、憐あわれんで、〝幸しあわせ〟を押おしつけようとした……。

59

「俺おれがやるべきことは、鬼き舞ぶ辻つじ無惨むざんを倒たおして、一刻いっこくも早はやく、禰ね豆ず子こを人ひとに戻もどしてやることだ。家族かぞくの仇かたきを討うつことだ」
「炭たん治じ郎ろう……」
 炭たん治じ郎ろうが真まっ直すぐに前まえを向むいて告つげると、ぐすんと鼻はなを鳴ならした善ぜん逸いつが、
「――――俺おれも頑張がんばるよ」
 とつぶやいた。
「すごい怖こわいけど……はっきり言いって、まったく役やくに立たたないし、弱よわいし、すぐに死しんじゃうと思おもうけど……期待きたいとかさ、全然ぜんぜんしないでもらいたいんだけど……俺おれも出来できる範囲はんいで、いっぱい頑張がんばるからさあ」
「善ぜん逸いつ……」
「ほんと、期待きたいとかまったくしないでもらいたいんだけど」
 二に度ど言いうくらい、自信じしんがないのだろう。
 それでも、彼かれのやさしい気き持もちがうれしかった。
「オラ!! お前まえらも血ちヘド吐はくまで、走はしりこみすんぞ!!」
 湿しめっぽい雰囲気ふんいきを吹ふき飛とばすように、伊い之の助すけが庭にわ中じゅうどころか村むら中じゅうに響ひびきわたるような声こえで叫さけぶ。

60

「子分こぶんその三さんを人間にんげんに戻もどす為ために、鬼おにの親玉おやだまを倒たおすんだろ!? だったら、強つよくなるしかねえだろうが!! いつまでも、ぐだぐだ言いってんじゃねえ! このアホ治郎じろうが!!」
「なんだよ、子分こぶんのその三さんって!? 禰ね豆ず子こちゃんに向むかって――」
 憤慨ふんがいする善ぜん逸いつの横よこで、炭たん治じ郎ろうが笑わらう。
「伊い之の助すけの言いう通とおりだな」
 伊い之の助すけの真まっ直すぐさが、迷まよいのなさがまぶしかった。「……強つよく、ならなきゃ」
「だろ!?」
「何なに、言いってんだよ、炭たん治じ郎ろう。また肋骨ろっこつ、折おれちゃうぞ? 折角せっかく、元もとに戻もどりかけてんのに。てか、なんで休やすみに来きて、血ちヘド吐はかなきゃなんねえんだよ? 根こん本ぽんから間違まちがってんだろ!?」
「オラ、子分こぶんども!! 伊い之の助すけ様さまに続つづけえ!!!」
 善ぜん逸いつの呆あきれ声ごえを伊い之の助すけの猛々たけだけしい声こえが掻かき消けす。
 すると、風かぜに乗のって、

「花嫁はなよめ行列ぎょうれつが通とおるぞー」

61

挿絵

62

 村むらの若者わかものの胴どう間ま声ごえが聞きこえてきた。
 そっと目めを瞑つむると、
 とよの初々ういういしい花嫁はなよめ姿すがたが、
 ひさのやさしい笑顔えがおが、
 目めを輝かがやかせ、頬ほおを紅潮こうちょうさせてそれを見守みまもるあかねとあかりの姿すがたが、
 見みえた気きがした。
「……――」
 片手かたてで傍かたわらの木箱きばこを撫なでると、応こたえるかのように箱はこの内側うちがわから音おとがした。小ちいさな、けれどとてもやさしい音おとだった。
 それに微笑ほほえみながら、抜ぬけるように青あおい空そらを見上みあげる。

 まさに、雲くも一ひとつない晴天せいてんだった。

第だい2話わ 誰たが為ために

63

挿絵

64

「禰ね豆ず子こちゃん、そこ、足元あしもと気きをつけて」
「…………」

 足元あしもとが少すこしだけ段だんになっている。善ぜん逸いつが手てを差さしだすと、禰ね豆ず子こがそれをぎゅっと握にぎってくれた。
(うわっ、なんて、やわらかい手てなんだ……俺おれ、今いま、禰ね豆ず子こちゃんと手てえつないでる!!手てえつないでるぅ!!!ヤッホー!!!!!)
 しっとりとした肌はだの感触かんしょくに、善ぜん逸いつは鼻はなの下したをでれーっと伸のばしながら、こみ上あげる幸しあわせを噛かみしめた。
 昼間ひるまは全集ぜんしゅう中ちゅう・常じょう中ちゅうの厳きびしい特訓とっくんを受うけている彼かれにとって、こうして月つきが出でた頃ころにほんの一刻いっとき、禰ね豆ず子こと出でかける夜よるのお散歩さんぽは、何なによりも幸福こうふくな時じ間かんだった。
 禰ね豆ず子この兄あにである炭たん治じ郎ろうにも、屋敷やしきの主あるじであるしのぶにもちゃんと許可きょかをとっているから、大手おおでを振ふって出でかけられる。
 この時ときばかりは、この世よのすべてが輝かがやいて見みえた。

65

 夜空よぞらに浮うかぶ三日月みかづきすらも、自分じぶんたちを祝福しゅくふくしているかのようだ。
「もうすぐ、お花はなが沢山たくさん咲さいてる所ところに着つくからね? 疲つかれてない? あ、白詰草シロツメクサもいっぱいあるから、それで花はなの輪わっかを作つくってあげるねぇ」
 善ぜん逸いつが頬ほおを上気じょうきさせながら言いう。
 禰ね豆ず子こは口くち枷かせをした顔かおで善ぜん逸いつを見み上あげると、形かたちの良よい顎あごを手前てまえに引ひき、こくりと肯うなずいた。
 その愛あいらしさに、善ぜん逸いつは『ああ……生いきててよかった』『あのまま蜘蛛くもにならずにすんで、本当ほんとうによかった!!』としみじみ思おもった。
「ほら、禰ね豆ず子こちゃん、ここ! ここだよ!」「!!」
 蝶ちょう屋や敷しきから然さ程ほど離はなれていない野原のはらに辿たどりつくと、禰ね豆ず子この顔かおがぱっと華はなやいだ。
 沢山たくさんの花はなが咲さき誇ほこる原はらっぱは、男おとこの善ぜん逸いつでもうっとりするほどだ。年頃としごろの少女しょうじょである禰ね豆ず子こならば、尚更なおさらだろう。
 淡あわい月つき灯あかりの下した、うれしそうに周囲しゅういを見みまわす禰ね豆ず子こに頬ほおをゆるめつつ、善ぜん逸いつは約束やくそくの白詰草シロツメクサを摘つんだ。出で来きるだけ沢山たくさん摘つんで、いっぱい花はなの冠かんむり作つくってあげよう。
(昔むかしから、これだけは上手うまかったんだよなぁ……俺おれ)
 禰ね豆ず子この艶つややかな黒髪くろかみには、さぞや花はな冠かんむりが似に合あうだろう。
(一いっ個こは白詰草シロツメクサだけにして、あとのには他ほかの花はなも入いれてあげようかな。そしたら色いろが華はなやかになるしさぁ)

66

 そんなことを考かんがえ、
「ねえ、禰ね豆ず子こちゃん。禰ね豆ず子こちゃんはどの花はなが一番いちばん――」
 声こえをかけようとして、ふと止やめる。
「……――」
 白詰草シロツメクサの片隅かたすみにひっそりと咲さく黄色きいろい花はなを見みたその瞬間しゅんかん、善ぜん逸いつの中なかで風化ふうかしていたはずの記憶きおくが、唐突とうとつによみがえった。

(あの花はなは…………)

 まだ、炭たん治じ郎ろうや伊い之の助すけと出で会あう前まえ――。
 彼かれが元もと柱はしらの下もとで、修業しゅぎょうしていた頃ころのことだ。

挿絵

「よし…………なんとか、じいちゃんから逃にげきれたぞ」

 大樹たいじゅに身みを隠かくし、あたりを警戒けいかいしながら、善ぜん逸いつは安堵あんどのため息いきを吐ついた。「じいちゃん怒おこってるだろうなぁ~」
67
 ちょっぴり後うしろめたいが、あれ以上いじょうはムリだ。
 冗談じょうだんではなく死しんでしまう。
 彼かれの〝育そだ手て〟である猛烈もうれつ元気げんきな老ろう師範しはん・桑島くわじま慈じ悟郎ごろうは、
『死しにはせんこの程てい度どで!!』
 が口癖くちぐせだが、今度こんどこそ本当ほんとうに死しんでしまうかもしれない。
 雷かみなりに打うたれて髪かみが金色きんいろになるぐらいじゃすまないかもしれない。
(ゴメンよ。じいちゃん……でも、俺おれはしょせんこの程度ていどの奴やつなんだよ……俺おれのことはもう忘わすれ――――ないでほしいけども……偶たまには思おもい出だしてくれたりするとうれしいんだけども――ほんとにゴメンよ……じいちゃんのことはさ、大好だいすきだったんだよ……でも、もう限界げんかいなんだよ)
 善ぜん逸いつは胸むねの中なかで師範しはんに謝罪しゃざいすると、日ひが完全かんぜんに暮くれる前まえに山やまを下おりようと、先さきを急いそいだ。すでに日ひが暮くれかかっている。

 とりあえず、町まちに下おりたら、まず美お味いしい饅頭まんじゅうを食たべよう。
 それから、心こころゆくまで、道みち行いく女おんなの子こを堪能たんのうしよう。
 深夜しんやにこっそり修業しゅぎょうしたりすることもなく、久々ひさびさにゆっくり眠ねむれるのだ。

68

 活動かつどう寫眞しゃしんを見みるのもいいかもしれない。

 そんなことを考かんがえながら、足取あしどりも軽かるく下山げざんした善ぜん逸いつであったが、山やまの麓ふもと近ちかくまで下おりたところで、その足あしを止とめた。
 誰だれよりも鋭するどい彼かれの耳みみが、女おんなの子この悲痛ひつうな泣なき声ごえを捉とらえたのだ。
「大変たいへんだ! 女おんなの子こが泣ないてる!!」
 キリッと別人べつじんのように凜々りりしい表情ひょうじょうになった善ぜん逸いつが、木き々ぎをかき分わけ、川かわを飛とび越こえ、崖がけを駆かけ下おりて、泣なき声ごえの元もとへと駆かけつける。
 真まっ白しろな着物きものを着きた少女しょうじょが、草くさむらにうずくまるようにして泣ないていた。
「ちょっ……大丈夫だいじょうぶ!? 気分きぶんでも悪わるいの!?」
「……ひっ……」
 善ぜん逸いつが声こえをかけると、少女しょうじょはびくっと肩かたを震ふるわせた。
 さも、おそるおそるといった感かんじで振ふり向むき、善ぜん逸いつの姿すがたを見みると、ほっとしたように肩かたを落おとし、再ふたたび泣なき始はじめた。
「…………うっう、う…………」
「ご、ごめんね!? 驚おどろかせちゃったよね!? ねえ、君きみ、ほんと大丈夫だいじょうぶ!? どこが悪わるいの!?」
 善ぜん逸いつが懸命けんめいに聞きくと、ようやく少女しょうじょが顔かおを上あげた。

69

 図はからずも、目めと目めが合あう――。
 鳥とりの羽根はねのように長ながい睫まつげが涙なみだでしっとりと濡ぬれている。まさに、花はなも恥はじらうほど可か憐れんな少女しょうじょだった。
(はうあ……っ!!)
 善ぜん逸いつは心臓しんぞうを射抜いぬかれたような気きがして、左胸ひだりむねを押おさえた。
 もちろん、恋こいの矢やにである。
 親おやもなく、家族かぞくのぬくもりを知しらずに生いきてきたせいだろうか――? 恋愛れんあいや結婚けっこんというものに人一倍ひといちばい憧あこがれる彼かれは、恐おそろしく惚ほれやすかった。
 この時ときもすでに、目めの前まえで涙なみだする少女しょうじょを愛あいしていた。
 どうにかその涙なみだを止とめたいとおたおたする。
「あ、あのさ…………も、もしよかったらどうして泣ないてるのか、俺おれに教おしえてくれない? なんか、力ちからになれるかもしれないし……!!」
「…………」
「俺おれ、我妻あがつま善ぜん逸いつ。この山やまのずっと上うえの方ほうで、〝育手そだて〟のじいちゃんに剣術けんじゅつを習ならってたんだ」
「剣けん……術じゅつ?」
 素性すじょうがわからないと不安ふあんだろうと、善ぜん逸いつが己おのれのことを説明せつめいすると、少女しょうじょの〝音おと〟がかすかに変化へんかした。

70

 それは、何なにかを期待きたいするような音おとだった。
 絶望ぜつぼうしかなかったところに、かすかな希望きぼうを見出みいだした時ときの音おとだ。
 善ぜん逸いつは彼女かのじょにとって自分じぶんがその希望きぼうになれたことが、うれしくて声こえを弾はずませた。
「ね? 話はなしてみるだけでも、話はなしてみて!?」
 俄然がぜん、勢いきおいこんで尋たずねると、少女しょうじょはようやく泣なくのを止やめ、

「――私わたしは、小さ百ゆ合りと申もうします」

 震ふるえる声こえでそう名な乗のった。
「この先さきにある藤ふじの花はなに守まもられた小ちいさな村むらに母ははと義ち父ち、それから義あ姉ね二人ふたりと暮くらしております」
「そうなんだ。小さ百ゆ合りちゃんっていうのかぁ。可愛かわいい名前なまえだねえ。――で? 今日きょうはなんで山やまになんか登のぼってきたの? しかも、そんな歩あるきにくそうな着物きもので……」
 少女しょうじょの名なを知しれたことがうれしく、善ぜん逸いつが両腕りょううでをくねくねさせながら尋たずねると、少女しょうじょが悲かなしげに眉まゆを下さげた。
「実じつは、数日すうじつ前まえの晩ばん、義ち父ちがこの山やまで鬼おにに遭あい……辛からくも難なんを逃のがれたのですが、その時ときに、自分じぶんの代かわりに娘むすめを捧ささげると、約束やくそくしてしまったのです……」

71

挿絵

72

「ええっ!? 鬼おにに!? 小さ百ゆ合りちゃんを!? なにそれ!? ひどくない!? ひどすぎない!?」
「仕方しかたがないのです…………義ち父ちがいなければ、母ははも義あ姉ねたちも生いきてはいけませんから」
「…………」
 目めを伏ふせた拍子ひょうしに、睫まつげの先さきに残のこった涙なみだが頬ほおを零こぼれ落おちる。
 頭あたまの後うしろで高たかく一ひとつに結ゆわれた黒髪くろかみが、たとえようもなくうつくしかった。

 そのあまりの可憐かれんさに、善ぜん逸いつは後先あとさきも考かんがえず「――俺おれが!」と叫さけんでしまったのだった……。

挿絵

『俺おれが小さ百ゆ合りちゃんの代かわりに鬼おにのところに行いって、ちゃちゃっと退治たいじしてくるよ! だから、小さ百ゆ合りちゃんは麓ふもとで待まってて!!』

 ついそんな言葉ことばを口くちにしてしまったことを、暗くらい山道やまみちを歩あるきながら、善ぜん逸いつは早はやくも後悔こうかいしていた。

73

 小さ百ゆ合りの身代みがわりになる為ために取とり換かえた着物きものは、ズルズルと無駄むだに裾すそが長ながく、すぐに転ころびそうになるし、背中せなかに刀かたなを隠かくしているせいで大層たいそう動うごきにくい。
 何なにより、鬼おにと対峙たいじするのが怖こわくて仕方しかたなかった。

(いや、絶対ぜったいムリだよね?)
(鬼おにを一人ひとりで退治たいじするなんてさ)
(ちゃちゃってなんだよ!? ちゃちゃって!!)
(そんなこと、この俺おれが出で来きるわけないだろうよ)
(今いまからでも、じいちゃんに頭あたま下さげて、一緒いっしょに行いってもらおうかな……)
(でも、そんな時じ間かんないし……)
(あー死しぬよ……俺おれ、絶対ぜったい、死しんじゃうよ)

 善ぜん逸いつの理性りせいはしきりにそうわめいている。
 みっともなく号泣ごうきゅうし、今いますぐにでも逃にげたいと思おもっている。
 でも、その一方いっぽうで、あの愛あいらしい少女しょうじょの涙なみだを止とめられるのは自分じぶんだけなのだ、ともわかっていた。
(小さ百ゆ合りちゃん……すげぇ、よろこんでたよなあ)

74

 善ぜん逸いつが鬼おにをやっつけてやると言いった時とき、小さ百ゆ合りははらはらと涙なみだを流ながし、泣なき崩くずれた。
 希望きぼうや喜よろこびといった明あかるい音おとが大おおきくなる一方いっぽうで、申もうし訳わけなさと、すまなさ……それから戸惑とまどいの音おとが確たしかに混まじっていた。
 おそらくは、見みず知しらずの善ぜん逸いつに危あぶない目めを押おしつけることに、良心りょうしんの呵責かしゃくを感かんじていたのだろう。
 ひどく複雑ふくざつで、痛々いたいたしい音おとだった。
(やさしい子こだよなぁ)
 別わかれ際ぎわ、どうぞご無事ぶじで、と涙なみだながらに両手りょうてを握にぎりしめてくれた小さ百ゆ合りの――震ふるえる音おとを思おもい出だす。
 生なさぬ仲なかである自分じぶんを真まっ先さきに犠牲ぎせいにした義ち父ちのことも、それを止とめようとしない実母じつぼのことも一度いちども責せめていなかった。
 そういう彼女かのじょだからこそ、なんとかしてやりたいと切せつに思おもう。
 だが、少女しょうじょへの思慕しぼや漢おとこ気ぎをもってしても、鬼おにへの恐怖きょうふは如何いかんともしがたかった。義ち父ちに鬼おにが指定していしてきたという場所ばしょへ向むかいながら、善ぜん逸いつは何度なんども逃にげ出だそうとし、その度たびになんとか踏ふみとどまった。
 夜空よぞらにはほっそりとした三日月みかづきが上のぼっている。
 木々きぎの裂さけ目めからそれを見上みあげ、

75

(どうか小ちいさい、弱よわそうな鬼おにでありますよーに!!)
 そう祈いのっていると――。

 ――――――――鬼おにの音おとがした。

「ヒイッ……――」
 思おもわず唇くちびるからもれそうになった悲鳴ひめいを両手りょうてで抑おさえこむ。
 うつくしい少女しょうじょが来くるのを、そのやわらかな肉体にくたいを喰くらうのを舌したなめずりしながら待まっている音おとがする。貪婪どんらんで残忍ざんにんな音おとだ。
「…………」
 ガチガチと震ふるえながら立たち止どまる。
 これ以上いじょうはとても進すすめない。どんなに頑張がんばっても、もう一いっ歩ぽも進すすめない。
 暗くらい山やまの中なか、善ぜん逸いつが息いきを殺ころして立たち尽つくしていると、茂しげみの奥おくから巨大きょだいな鬼おにが出でてきた。一見いっけんして異形いぎょうの者ものとわかるその鬼おには、背中せなかから巨大きょだいな腕うでが生はえ、合計ごうけい三さん本ぼんの腕うでがそれぞれ巨大きょだいな鎌かまを握にぎりしめていた。大おおきな口くちが耳元みみもとまで裂さけている。その上うえに残忍ざんにんそうな小ちいさな眼めが六むっつ、ギラギラと闇夜やみよに光ひかっている。
(ヤバイ……これ、死しんだよ。俺おれ。小さ百ゆ合りちゃん……ゴメン)

76

 それこそ、雲くもを突つくようなその巨体きょたいと造形ぞうけいのおぞましさに、善ぜん逸いつの歯はの根ねが合あわなくなる。
 はぁはぁはぁっはぁはぁはぁはぁっはぁはぁはぁっはぁっはぁっはぁはぁ――と乙女おとめにあるまじき荒あらい息いきをもらしていると、
「お前まえが、ジジイの末すえの娘むすめか?」
 鬼おにがしゃがれた声こえで問とうてきた。
 危あやうく、心臓しんぞうが口くちからまろび出でるところだった。それをなんとか堪たえた善ぜん逸いつが、かろうじて、
「は……はははははいっ」
 と答こたえる。語尾ごびが不ふ自然しぜんに上あがるのを止とめられない。「ぜ、ぜ、善子ぜんこと申もうします」
 鬼おには善ぜん逸いつを一瞥いちべつすると、
「あのジジイ、自分じぶんが助たすかりたくて嘘うそを吐つきやがったな。この不細工ぶさいくな娘むすめのどこが村むら一いち番ばんの器量きりょうよしだ」
 忌々いまいましげに舌打したうちした。
 小さ百ゆ合りの身み代がわりになる為ために、無理むりやり髪かみを縛しばり、赤あかい花はなびらを潰つぶした汁しるで紅べにを差さしたりしてはみたものの、あくまで男おとこが化ばけた娘むすめである。
 若わかくうつくしい娘むすめの肉にくを好このんで喰くらう鬼おには少すくなくないというから、この鬼おにもそういった性癖せいへきの持もち主ぬしなのだろう。期待きたい外はずれの失望しつぼうと苛立いらだちがひしひしと伝つたわってくる。

77

 善ぜん逸いつが恐おそろしさに震ふるえていると、
「まあ、いい。とにかく、お前まえをバラシて食たべた後あと、忌いまわしい藤ふじの花はなの枯かれる季節きせつになったら、他ほかの二ふた人りの娘むすめと女房にょうぼうも、奴やつの目めの前まえで喰くろうてやろう……俺おれ様さまをコケにした罰ばつだ」
 鬼おにはしたたる涎よだれを拭ぬぐいながら、いたぶるように告つげた。
 残忍ざんにんな悦よろこびに満みちた音おとが聞きこえる。
 一いっ寸すんのぬくもりも感かんじさせない冷つめたい、血ちに飢うえた音おとだ。
 鬼おにが舐ねぶるようにつぶやく。
「まずは、この鎌かまの先さきで目玉めだまを繰えぐり出だしてやろう。その次つぎは、舌しただ。次つぎは――」
「ヒギャッ ………… ――――――――――――」
 善ぜん逸いつは恐怖きょうふのあまり、遂ついにその思考しこうを手放てばなした。

 頭あたまの奥おくで、プツンと何なにかの糸いとが切きれる音おとが聞きこえ、そのまま、真まっ暗くらな闇やみに呑のまれた……。

挿絵

「んがっ!?」

78

 何なにかが落おちる衝しょう撃げき音おんで目めが覚さめた善ぜん逸いつは、さっと周囲しゅういを見みやった。そこで、自分じぶんの足元あしもとに転ころがっている鬼おにの頸くびに気きづき、
「ギャ ――――――――――ッ !!!!!!!!!!!!!」
 夜よるの山やまに響ひびきわたる大だい絶叫ぜっきょうを上あげた。
 その場ばから飛とび退のく時ときに鬼おにの頸くびを蹴けっ飛とばしてしまったらしく、ゴロリと嫌いやな音おとを立たてて頸くびが転ころがった。その拍子ひょうしに傷口きずぐちに残のこっていた血ちが飛とび散ちる。
 「ヒャ ――――――――――ッ !!!!!! いやああああああああああ !!!!!!」
 鬼おにの六むっつの目めは、信しんじられないものを見みたように見開みひらかれ、血ち走ばしっていた。切きり口くちはまるで鋭するどい刃やいばで一刀いっとう両断りょうだんに付ふされたように綺麗きれいな平たいららだった。
 鬼おにの頸くびがまるで大根だいこんかなにかのように切きれている。
「なになになに!? なんで死しんでるの!? 急きゅうになに!? もうやだ!!!!! やだもう!!!!!!」
 善ぜん逸いつが号泣ごうきゅうする。
「どうしていきなり頸くびが切きれてるわけ!? なんで!? 怖こわすぎるよ!! やだこれ!? なにこれ!?」
 わからないことだらけだった。
 鬼おにがいきなり頸くびと胴体どうたいに分わかれて転ころがっていることも。

79

 背中せなかに隠かくしていた刀かたなを何な故ぜか握にぎっていることも。
 真まっ白しろな着物きものが鬼おにの血飛沫ちしぶきで汚よごれていることも。

「誰だれが助たすけてくれたの!? ねえ、どこ!? 俺おれなんかのこと、誰だれが助たすけてくれたんだよお!?」
 泣なきながら周囲しゅういを見みまわすが、人ひとっ子こ一人ひとりいない。
 そこで、
(はっ!!)
 となる。
 こんな自分じぶんを助たすけてくれる人間にんげんなど、この世よにたった一人ひとりしかいないではないか。
「じいちゃぁん……」
 善ぜん逸いつの目めに新あらたな涙なみだがあふれだす。
 おそらくは、自分じぶんを連つれ戻もどしにきた慈じ悟郎ごろうが鬼おにから救すくい出だし、かつ事情じじょうを察さっして姿すがたを消けしてくれたのだろう。
 ありがたさとすまなさで、胸むねがいっぱいになる。
「じいちゃん……ありがとう…………俺おれ、小さ百ゆ合りちゃんと、絶対ぜったい、幸しあわせになるから……今いままでほんとにありがとう……こんな俺おれを助たすけてくれて、ほんと……ありがとう。身体からだ、大事だいじにしてね」

80

 善ぜん逸いつは泣なきながら刀かたなを鞘さやに戻もどすと、暗くらい木々きぎに向むかって深ふかく一礼いちれいし、未練みれんを断たち切きるようにその場ばから離はなれた。

 ――善ぜん逸いつの姿すがたが見みえなくなると、茂しげみの奥おくで杖つえをついた人影ひとかげがガサリと動うごいた。
「……――あの馬ば鹿か弟で子しめが」
 とつぶやく声こえはひどく湿しめっていた。「お前まえには誰だれにも負まけぬ才能さいのうがあると言いっているだろうに、何故なぜ、わかろうとせんのじゃ――」

挿絵

 小さ百ゆ合りちゃんが待まってる。
 この先さきで、小さ百ゆ合りちゃんが待まってるんだ!

 麓ふもとに着つくまでの間あいだに摘つんだ黄色きいろい百合ゆりの花はなを手てに、善ぜん逸いつは夢見心地ゆめみごこちだった。

『ありがとう……善ぜん逸いつさん。好すきよ』

81

 小さ百ゆ合りの喜よろこぶ顔かおが脳裏のうりに浮うかび、照てれくささのあまり、ぐふふふっ、と不ぶ気き味みな笑わらいがもれる。
 山道やまみちの先さきに善ぜん逸いつの着物きものを纏まとった人影ひとかげが見みえた。
「あ! 小さ百ゆ合りちゃ――……」
 大おおきく手てを振ふろうとして、既すんでの所ところでそれを止とめる。
 小さ百ゆ合りは一人ひとりではなかった。となりに、いかにも純朴じゅんぼくそうな青年せいねんが佇たたずみ、同おなじように不ふ安あんげにこちらを見みている。

「善ぜん逸いつさん…………」
「…………」

 小さ百ゆ合りの両りょう目めに涙なみだが盛もり上あがる。
 その時とき、善ぜん逸いつはすべてを理解りかいした。
 小さ百ゆ合りは善ぜん逸いつが自分じぶんに同情どうじょうややさしさ以上いじょうの好意こういを持もち、身代みがわりを買かって出でたことを察さっしていた。でも、彼女かのじょには愛あいする恋人こいびとがいた。
 だからこそ、あれほど複雑ふくざつで痛々いたいたしい音おとが聞きこえたのだろう。

82

 小さ百ゆ合りは何なにも好すきこのんで善ぜん逸いつを騙だましたわけではない。
 言いわなかっただけだ。生いき延のびたいから、死しにたくないから、藁わらにもすがる思おもいで、沈黙ちんもくした。
 善ぜん逸いつに、惚ほれた男おとこと逃にげる金かねを貢みつがせた娘むすめとは違ちがう。
 音おとだってちゃんと届とどいていた。
 それを、善ぜん逸いつが自分じぶんにとって都合つごうのいいように解釈かいしゃくしただけだ。
 今いまも、ごめんなさい、ごめんなさい、と音おとが言いっている。
 切せつないくらいに――。
(…………小さ百ゆ合りちゃんは、悪わるくねえよ)
 善ぜん逸いつは高揚こうようしていた胸むねの奥おくがひんやりとしていくのを感かんじながら、それでも少女しょうじょに向むかってにっこりと微笑ほほえんでみせた。胸むねの奥おくがズキンと痛いたんだ。
「鬼おには死しんだから、もう心配しんぱいないよ」
「あ……ありがとうございます…………ありがとうございます」
「本当ほんとうにありがとうございます……!!」
 男おとこの方ほうも、それこそ土ど下げ座ざせんばかりに礼れいを言いった。
「このご恩おんは決けっして忘わすれません……!! あんなひどい義ち父ちのいる家いえからは、俺おれが連つれだします!! 本当ほんとうにありがとうございました!! 鬼おに狩がり様さま!!」

83

(うるせえよ……! 俺おれは別べつに、お前まえの為ために頑張がんばったわけじゃねえっつーの!! 小さ百ゆ合りちゃんの為ために頑張がんばったんだよ!! まあ、実際じっさいに鬼おにを倒たおしたのはじいちゃんだけどね!? チクショウ!! なまじ男前おとこまえじゃなくて、極ごく普通ふつうの良よい人ひとそうなのが逆ぎゃくに悔くやしいんじゃ、ボケェ!!)
 善ぜん逸いつが内心ないしんで血ちの涙なみだを流ながしながらも、百合ゆりの花はなをさっと後うしろ手でに隠かくした。
「善ぜん逸いつさん…………私わたし、あの……ごめんなさい……」
「…………」
「ほんと…………ごめんなさ…い」
 ボロボロと涙なみだが零こぼれ落おちる。
 己おのれを責せめ苛さいなむような小さ百ゆ合りの音おとが、切せつなかった。
「小さ百ゆ合りちゃん。幸しあわせに……」
「…………――はい」
 小さ百ゆ合りが泣なきながら、何度なんども何度なんども頭あたまを下さげた。
 やがて、二ふた人り寄より添そうように村むらへと戻もどっていった。
 その後うしろ姿すがたを善ぜん逸いつが笑顔えがおで見送みおくる。

「…………う、うっ」

84

 一人ひとりになると、涙なみだがどっとわき上あがってきた。
 滲にじんだ視界しかいで、ぼんやりと、小さ百ゆ合りにわたそうと摘つんできた花はなを見みつめる。
 黄色きいろい百合ゆりの花はな。
 花はな言葉ことばは確たしか――。

『陽気ようき』と『偽いつわり』

(……っ!!)
 胸むねが痛いたくなって、山道やまみちに投なげ捨すてようとし……思おもいとどまる。
 月つき灯あかりの下したで懸命けんめいに涙なみだを堪こらええていると、となりに人ひとの気配けはいがした。
 いつの間まにか慈じ悟郎ごろうが立たっている。
 厳きびしくて、怖こわくて、でも、やさしい音おとがした。
 善ぜん逸いつがおそるおそる口くちを開ひらく。
「…………あの…………じいちゃん、俺おれ……」
「馬ば鹿か者ものが!!!」
 一喝いっかつされ、すくみ上あがる。
「あれほど言いったのに、また修業しゅぎょうから逃にげおって! しかも、なんじゃそのけったいな恰好かっこうは!! 不細工ぶさいくにもほどがあるぞ!!」
85
「ヒイッ……ごめんなさい!!」
「まったく、馬ば鹿かな弟で子しを持もつと大変たいへんじゃわい」
 慈じ悟郎ごろうがため息いき交まじりにぼやく。
 善ぜん逸いつはまさに身みの置おき所どころのない思おもいで縮ちぢこまった。
「だが、お前まえはただのバカじゃない」
「え……」
「大おお馬鹿ばかじゃ」
「…………」
 善ぜん逸いつが更さらにその身みを小ちいさくしていると、慈じ悟郎ごろうが少すこしだけその声こえをやわらかくした。
「やさしい大おお馬ば鹿か者ものだ。お前まえは」「じいちゃん……」
 驚おどろいた善ぜん逸いつが顔かおを上あげると、慈じ悟郎ごろうの手てのひらが善ぜん逸いつの頭あたまを覆おおった。
 ゴツゴツとした大おおきな手てだった。
 元もと柱はしらとして鬼おにを滅めっし、沢山たくさんの人ひとたちを助たすけてきた手てだ。
 善ぜん逸いつがいつも、そうなりたい、と夢ゆめ見みている手てだ――。
 憧あこがれ続つづけた人ひとの強つよくてやさしい手てだ。
「よく、あの娘むすめを見み捨すてなかった。己おのれの恐怖きょうふに負まけず、よく、戦たたかった」

86

「…………助たすけたのは、じいちゃんだよ。俺おれは、なんにも出で来きなかった」
 善ぜん逸いつがしょんぼりとそう言いうと、慈じ悟郎ごろうが呆あきれたように、
「なんだ、お前まえ。儂わしがあの鬼おにを倒たおしたと思おもってるのか?」
「え? だって、そうじゃない。じいちゃんが、俺おれが気絶きぜつしてる間あいだに――」
「倒たおしたのは、お前まえだ。善ぜん逸いつ」
「えっ……」
 意い味みがわからず、善ぜん逸いつが両りょう目めを白黒しろくろさせる。
(え……? どういうこと? あの鬼おにはじいちゃんが倒たおしたんじゃん。なのに、なんで俺おれが倒たおしたって言いってんの……ええ?)
 しばらくの間あいだ、混乱こんらんしていた善ぜん逸いつだったが、精神せいしん論ろん的てきなことなのかもしれない、と思おもい至いたった。
(俺おれが鬼おにから逃にげ出ださなかったから、じいちゃんも俺おれを助たすけてくれた――だから、お前まえが倒たおしたも同おなじだって、そういうこと? きっと、そういうことを言いいたいんだよな? じいちゃんはさ。ちょっと端折はしょり過すぎでわけわかんないけど)
 一人ひとり納得なっとくし、うんうん、と肯うなずいていると、慈じ悟郎ごろうが「――善ぜん逸いつ」と弟で子しの名なを呼よんだ。
 剣けんの修業しゅぎょうをつける時ときの厳きびしい声こわ音ねだ。
「いい剣士けんしとはどんな剣士けんしだかわかるか?」

87

「え……そりゃあ、強つよい剣士けんしでしょ。じいちゃんみたいなさ」
 善ぜん逸いつが答こたえると、慈じ悟郎ごろうは少すこしだけ照てれたようにポッと頬ほおを染そめた。
 そして、コホンと咳せき払ばらいを一ひとつすると、
「なら、強つよい剣士けんしに必要ひつようなものはなんだと思おもう?」
「え、そ……それは……」
「やさしさじゃ」
 口くちごもる善ぜん逸いつに、慈じ悟郎ごろうが噛かんで含ふくむように告つげる。
「やさしさは人ひとの心こころをどこまでも強靱きょうじんにする。誰だれかの為ために振ふるう刃やいばは、この世よの何なによりも強つよい刃やいばだ。お前まえはそれになれ」
 いつもガミガミ怒おこってばかりいる老ろう師範しはんの両りょう目めはどこまでもやさしく、不肖ふしょうの弟で子しを映うつしていた。
「いついかなる時ときも、弱よわき者ものの心こころに寄より添そい、その盾たてとなれ。弱よわさを知しるお前まえにだからこそ、出で来きることだ」
「……――」
 慈じ悟郎ごろうのやわらかな眼差まなざしに、自分じぶんに向むけて注そそがれるあたたかな言葉ことばに、喉のどの奥おくと目頭めがしらがじーんと熱あつくなり、鼻はなの奥おくがつんと痛いたくなった。
「お前まえがそのやさしさを失なくさない限かぎり、お前まえはきっといい剣士けんしになれる」

88

「じいちゃん……」
 ボロボロと涙なみだが零こぼれ落おちた。

「俺おれ……おれ…………」
「…………」

 泣なきじゃくる善ぜん逸いつの黄色きいろい頭あたまを、慈じ悟郎ごろうはやさしく撫なで続つづけてくれた。

挿絵

「――……」

 あの日ひも、こんな三日月みかづきの晩ばんだった。
(小さ百ゆ合りちゃん、どうしてるかなあ……)
 善ぜん逸いつが目めを細ほそめ、風かぜに揺ゆれる黄色きいろい花はなを見みていると、袖そでをくいくいと引ひっ張ぱられた。
 見みると、禰ね豆ず子この不満ふまんそうな顔かおがあった。
 それに、我われに返かえる。

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「あ、ごめんね。禰ね豆ず子こちゃん! すぐに作つくるからね?」
「ムーッ!!」
「ぼーっとしちゃったお詫わびに、うーんと綺麗きれいな花はなの輪わっか、作つくってあげるからね? そうだ、お兄にいちゃんと伊い之の助すけのバカにも作つくっていこうか?」
 明あかるい声こえでそう言いうと、禰ね豆ず子こはうれしそうに微笑ほほえんでくれた。
「うー!」
「アハハ」
 その笑顔えがおにつられるように善ぜん逸いつも微笑ほほえむ。

 小さ百ゆ合りはきっと、あのやさしい恋人こいびとと、幸しあわせに暮くらしているだろう。

 自分じぶんは、あの時とき、じいちゃんが言いってくれたような強靭きょうじんな刃やいばには、とてもなれていない。
 相変あいかわらず、弱よわくて、泣なき虫むしで、怯おびえて、逃にげてばかりだ。
 正直しょうじき、自分じぶんがやさしいのかどうかさえもわからない。

(でも、いつかは……)

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 きっと――。

 そんなことを胸むねに誓ちかいながら、少年しょうねんは愛いとしい少女しょうじょの為ために、この野原のはらで一番いちばん綺麗きれいな花はなを摘つんだ。

第だい3話わ 占うらない騒動そうどう顛末てんまつ記き

91

挿絵


92

「――じ﹅ょ﹅な﹅ん﹅の﹅そ﹅う﹅が出でておる」
「え……?」

 雑踏ざっとうの中なかで届とどいた不穏ふおんな声こえに、炭たん治じ郎ろうは足あしを止とめた。
 横よこで善ぜん逸いつと伊い之の助すけの二ふた人りも立たち止どまっている。
 炭たん治じ郎ろうが目めをキョロキョロさせて声こえの主ぬしを探さがすと、小柄こがらな老女ろうじょが四辻よつつじに佇たたずんでいた。見事みごとな白髪はくはつの下したに藤ふじ色いろの着物きものを纏まとった、皺々しわしわの老女ろうじょである。
「…………」
 炭たん治じ郎ろうがもの問といたげな視線しせんを向むけると、老女ろうじょは小ちいさく頭かぶりを振ふり、
「お主ぬしではない」
 と、きっぱり言いい放はなった。炭たん治じ郎ろうが伊い之の助すけの方ほうを向むくと、
「その猪いのしし頭あたまでもない。そっちの黄色きいろい頭あたまの方ほうじゃ」
「へ?」
 老女ろうじょの言葉ことばに、今いままで我われ関かんせずとばかりに突つっ立たっていた善ぜん逸いつがぎょっとした顔かおで、自じ分ぶんの鼻先はなさきに人ひとさし指ゆびを向むけた。

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「え……な、まさか……俺おれなわけ?」
「――うむ」
 大儀たいぎそうに老女ろうじょが肯うなずく。
「ご老人ろうじん。じょなんのそうとはなんですか?」
 炭たん治じ郎ろうが尋たずねると、老女ろうじょが重々おもおもしく答こたえた。
「女難じょなんとは男おとこが女おんなに好すかれることによって身みに受うける災難さいなんのこと。そういう顔がん相そうがその少年しょうねんに出でておるのじゃ」
「何なに、言いってるんだ? このババア。おかしいんじゃねえか?」
「伊い之の助すけ!」
 炭たん治じ郎ろうが伊い之の助すけをたしなめる。
「無礼ぶれい者もの!! ババアではないわ!!」
 老女ろうじょが恐おそろしい声こえで言いい放はなつ。炭たん治じ郎ろうと善ぜん逸いつは、思おもわず、ビクッとなったが、伊い之の助すけは屁へとも思おもっていない様子ようすで、
「なら、ジジイか?」
 と言いってのけた。
「どっちでもあんまり変かわんねえだろ。年としよりは年としよりだからな」

94

「――悪わるいことは言いわん。今日きょう一日いちにち、女人にょにんに近寄ちかよるな」
 老女ろうじょは伊い之の助すけを無視むしすることに決きめたようだ。
 善ぜん逸いつの両りょう目めをじーっと穴あなが空あくほど見みつめると、
「出で来きる限かぎり女人にょにんを避さけろ」
 と厳おごそかに命めいじた。
「可能かのうであれば、言葉ことばも交かわさぬ方ほうが良よい」
「そんな、大おおげさな……」
 善ぜん逸いつが、なあ、という風ふうに炭たん治じ郎ろうに笑わらいかけてくる。若干じゃっかん、引ひき吊つり気ぎ味みのその笑わらいは、続つづく老女ろうじょの言葉ことばに、完全かんぜんに凍こおりついた。
「お主ぬし、死しぬぞ」
「!!」
「万一まんいち、女人にょにんに想おもいを寄よせられでもしたら、間違まちがいなく死しぬ。しかも、考かんがえ得うる限かぎり一番いちばん惨むごたらしい死しに方かたでの。くれぐれも、肝きもに銘めいじておけ」
 老女ろうじょはそう言いうと、懐ふところをゴソゴソと探さぐった。
 中なかからボロボロのお札ふだが出でてくる。
 擦すり切きれ、黄きばんだ紙面しめんに書かかれた文字もじは、ほとんどが判読はんどく不能ふのうだった。
「……気休きやすめにしかならぬが、取とっておけ」

95

 老女ろうじょはお札ふだを善ぜん逸いつの手てに押おしつけると、三さん人にんの前まえから去さっていった。占うらない料りょうだ、お礼ふだの代金だいきんだと、法外ほうがいな金額きんがくを要求ようきゅうするわけでもない。それがかえって不ぶ気き味みだった。
 善ぜん逸いつは固かたまったままだ。
 魂たましいが抜ぬけたようにその場ばに立たっている。
「善ぜん逸いつ……?」
 炭たん治じ郎ろうが恐おそる恐おそる声こえをかけると、

「"ア―――――――――ッ !!!!!!(汚きたない高音こうおん)」

 絹きぬを裂さくような――というにはあまりに醜みにくい悲鳴ひめいが、往来おうらいに響ひびきわたった。

挿絵

「なんなんだよ、ほんと……なんなんだよ? 死しぬとかさぁ……怖こわいよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 炭たん治じ郎ろうの羽織はおりを握にぎったまま、善ぜん逸いつが顔かおから出でるものすべてを流ながして狼狽うろたえている。

96

「もう帰かえるとこだったのに……なんで、死しぬとか言いわれるわけ? わけわかんない! わけわかんない!!」
「善ぜん逸いつ……」
 炭たん治じ郎ろうには、その気き持もちもわからなくはなかった。
 昨夜さくや、町外まちはずれでの任務にんむを終おえた三さん人にんは、近ちかくの藤ふじの家紋かもんの家いえで休やすみ、蝶ちょう屋や敷しきに帰かえる道々みちみち、お土産みやげのお菓か子しを買かったところだった。
『よろしければ、帰かえりにお菓か子しでも買かってきてください』
 と頼たのんだのは蝶ちょう屋や敷しきの主あるじ・胡こ蝶ちょうしのぶである。
 おそらくは、無限むげん列車れっしゃでの任務にんむ以来いらい、がむしゃらに鍛錬たんれんに明あけ暮くれる三さん人にんを案あんじ、それとなく気遣きづかってくれたのだろう。
 大おおきな町まちだけあり、見みる物ものすべてが珍めずらしかった。
 最初さいしょは炭たん治じ郎ろうの背中せなかに隠かくれ、異様いようなまでの人込ひとごみに怯おびえていた伊い之の助すけも、

『オイ! アレはなんだ!?』
『馬うまがデカイ箱はこ引ひいてんぞ!!』
『アイツら、なんであんな変へんな恰好かっこうしてんだ?』
『なんか、美味うまそうな匂においがしてくんぞ!? 衣ころものついたアレか!?』

97

 と、大だい興奮こうふんである。
 唯一ゆいいつ都会とかいに慣なれている善ぜん逸いつは『……恥はずかしい奴やつだなあ』とうんざり顔がおだったが、蝶ちょう屋や敷しきの女おんなの子こたちへのお土産みやげ選えらびには大層たいそうな気合きあいが入はいっていた。
 蝶ちょう屋や敷しきでよく出だされるお菓か子しを思おもい出だしながら、ああでもない、こうでもないと言いい合あい、結局けっきょく、無難ぶなんなところで饅頭まんじゅうに落おちついたのだ。
 女性じょせいに人気にんきだという店みせで人数にんずう分ぶんの饅頭まんじゅうを買かい、やれ帰かえろうというところに、突然とつぜんの死刑しけい宣告せんこくである。
 善ぜん逸いつでなくとも、狼狽ろうばいするだろう。

「嫌いやだよおぉぉぉ……なんで、俺おればっかなの!? ねえ、なんで!? ねえ、なんで!? うえ――――――ん!!!!!」
「善ぜん逸いつ、落おちつけ」
「ピーピーピーピー、うるせぇ奴やつだな」
 泣なきじゃくる善ぜん逸いつを炭たん治じ郎ろうがどうにか慰なぐさめていると、伊い之の助すけが切きって捨すてるような言いい方かたで、
「男おとこならガタガタ言いわず、どーんと構かまえていやがれ!!」

98

「ひど!!」
 善ぜん逸いつが目めを剥むく。
「伊い之の助すけ、ひどっ!! わかってたけどさ、薄うす々うす。それにしたって、ひどすぎんだろ!? 俺おれ、死しんじゃうかもしんないんだよ!? しかも、なんか惨むごい死しに方かたとか言いってるし!!」
「伊い之の助すけ、善ぜん逸いつの気き持もちも考かんがえるんだ」
 さすがに善ぜん逸いつが可哀想かわいそうになった炭たん治じ郎ろうが、仲裁ちゅうさいに入はいる。「いきなり、あんなこと言いわれたら誰だれだって驚おどろくし、怖こわがるだろう?」
「所詮しょせん、ババアの戯言ざれごとじゃねえか」
「戯言ざれごとではなく占うらないだ」
「どっちも同おなじだろ」
 にべもなく伊い之の助すけが言いう。
 あるいは、占うらない自体じたいを知しらないのかもしれないと考かんがえた炭たん治じ郎ろうが、
「いいか? 伊い之の助すけ。占うらないって言いうのは……」
 と、一いちから教おしえようとすると、
「当あたるも八卦はっけ当あたらぬも八卦はっけだろ?」
 意外いがいにもちゃんと知識ちしきがあるようだ。
 炭たん治じ郎ろうが目めを瞠みはる。

99

「よく知しっているな。伊い之の助すけ」
「まあな。俺おれは親分おやぶんだからな!」
 炭たん治じ郎ろうに褒ほめられ、伊い之の助すけが胸むねをそらす。「だらしない子分こぶんを持もつと大変たいへんだぜ」
 いつもならば『なんの親分おやぶんなんだよ!?』『だから、お前まえの子分こぶんになったつもりはねえよ!』とツッコむ善ぜん逸いつが、今いまや追おい詰つめられた小動物しょうどうぶつのような表情ひょうじょうで、震ふるえながら二ふた人りの会話かいわに耳みみをそばだてている。
 しばし考かんがえた炭たん治じ郎ろうが「――うん」と肯うなずいて、善ぜん逸いつの方ほうを向むく。
「確たしかに、伊い之の助すけの言いう通とおりだ。善ぜん逸いつ」
「…………」
 名なを呼よぶと、友ともの肩かたが震ふるえた。無言むごんで怯おびえた目めを向むけてくる。
「必かならず当あたる占うらない師しなんて、この世よにはいない。いるはずがないんだ」
 そんな人物じんぶつがいるとしたら、それはもう神様かみさまだ。人間にんげんではない。
 あんまりにも唐突とうとつに恐おそろしいことを言いわれたせいで、善ぜん逸いつのみならず炭たん治じ郎ろうまで動転どうてんしてしまったようだ。
 あくまで占うらないと割わり切きれば、必要ひつよう以上いじょうに怯おびえることもない。
 そう伝つたえると、
「そ……そうだよな」

100

 善ぜん逸いつがようやく安堵あんどした表情ひょうじょうになる。
 ずずずっと鼻水はなみずを啜すすり上あげると、
「言いわれてみれば、あのバアちゃん、見みるからに怪あやしかったもんな? 絶対ぜったい、インチキ――――――」
「その四辻よつつじに、必かならず当あたる占うらない師しがいるんですの?」
 善ぜん逸いつの声こえに被かぶさるように、女性じょせいの愉たのしげな声こえが聞きこえてきた。
「!?」
 ビクッと身みを強張こわばらせた善ぜん逸いつが、炭たん治じ郎ろうの背せに隠かくれる。炭たん治じ郎ろうと伊い之の助すけが声こえの方ほうに顔かおを向むけると、華はなやかな装よそおいの娘むすめたちが、談笑だんしょうしながらこちらに向むかって歩あるいてきた。

「ええ。なんでも、白髪はくはつで藤ふじ色いろの着物きものを着きた老ろう占うらない師しとか――」
「百発百中ひゃっぱつひゃくちゅうって本当ほんとうですの?」
「本当ほんとうらしいですわ。私わたしの知しり合あいは、その方かたの言いうことを聞きいたら、素敵すてきな出会であいがあって、半月はんつき後ごには婚約こんやくしたとか!」
「ああ……素敵すてきですわ!!」
「でも、一方いっぽうではその占うらない師しの言いうことを聞きかなくて、大おお怪け我がした方かたもいるとか」
「まあ、怖こわい!」

101

「言いいつけを聞きけば大丈夫だいじょうぶですわ」
「あら、でもそれらしき方かたはいらっしゃらないですわね」
「まあ、本当ほんとうに。どちらに行いかれたのかしら……?」

 それぞれに愛あいらしい顔かおをした娘むすめたちが、占うらない師しの姿すがたを探さがす。
 善ぜん逸いつの視線しせんはその二ふた人りに釘付くぎづけだった。
 だが、いつものようないやらしい――もとい、鼻はなの下したを伸のばした表情ひょうじょうではない。蠟ろうのように青あおざめた顔かおが強張こわばり、額ひたいに大量たいりょうの脂汗あぶらあせが浮ういている。
 カチカチと妙みょうな音おとが聞きこえると思おもえば、歯はの根ねが合あわない音おとだった。
(マズイぞ……)
「善ぜん――」
 炭たん治じ郎ろうが善ぜん逸いつに注意ちゅういを促うながそうとした、その瞬間しゅんかん、

「ひぎゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 善ぜん逸いつの唇くちびるから絞しめ殺ころされた鶏にわとりのような悲鳴ひめいがもれた。
 周囲しゅういの視線しせんが一斉いっせいに集あつまる。

102

 件くだんの女性じょせい二ふた人り連づれは、ひぃ、と叫さけぶや否いなや、脱兎だっとの如ごとき勢いきおいでその場ばを離はなれていってしまった。
「ほらご覧らん!! ほうら、ご覧らん!! 当あたるんだよ!? 百ひゃっ発ぱつ百ひゃく中ちゅうとか言いってるじゃない!?」
「しっかりしろ!」
 海え老びのような恰好かっこうで仰のけ反ぞる友ともを抱かかえ起おこし、炭たん治じ郎ろうはその頬ほおを力ちから一杯いっぱい張はった。
 我われに返かえらせるぐらいのつもりだったが、善ぜん逸いつはぎゃあと大声おおごえで叫さけんだ。
「何なに!? いきなり、何なにすんの!?」
「気きを強つよく持もつんだ!」
「持もてねえよ! てか、痛いてえよ!?」
「占うらないなんかに負まけるな、善ぜん逸いつ」
「ムリだよ!! だって、あの子こたちも言いってたじゃん! 死しぬんだよ! やっぱり俺おれ、死しぬんだよ! 今日きょう!! うひひひひ……」
 恐怖きょうふのあまり不ぶ気き味みな笑わらい声ごえをもらす。
 炭たん治じ郎ろうが途と方ほうに暮くれていると、今いままで黙だまっていた伊い之の助すけが「――チッ。情なさけねえ、子分こぶんどもだぜ」と舌打したうちすると、
「オイ、テメーら。紋もん逸いつのバカだけじゃなく、総一朗そういちろう。テメーまで、ババアが言いったことちゃんと聞きいてなかったのか?」

103

 と猪いのしし頭あたまを二ふた人りに近ちかづけてきた。
 炭たん治じ郎ろうが片かた眉まゆをひそめる。
「なんのことだ? 伊い之の助すけ」
「女難じょなんってえのは、男おとこが女おんなに好すかれることによって受うける災難さいなんのことなんだろ?」
「ああ。確たしかにそう言いっていたな」
 そういう顔がん相そうが出でている、と。
「なら、コイツにそんなもんが出でると思おもうか?」
「…………」
「出で鱈たら目めだ。間違まちがいねえ」
 伊い之の助すけがきっぱりと言いう。一瞬いっしゅん、躊躇ためらった後あとで炭たん治じ郎ろうが、
「なるほど」
と肯うなずくと、
「ひど!!!!!」
 と善ぜん逸いつがわめいた。
「お前まえら、いくらなんでもひどすぎんだろ!? それって、何なに!? 俺おれがモテないってこと!?女おんなの人ひとに好すかれるはずがないってこと!? 伊い之の助すけはともかく、炭たん治じ郎ろうまでそう思おもってんの!? そんな善人ぜんにん顔がおで!? チクショウ!!!!」

104

 善ぜん逸いつが血ちの涙なみだを流ながさんばかりに叫さけぶ。
「いや。別べつに、そういうわけでは――」
 ないとは言いえないのが辛つらい。嘘うその吐つけない炭たん治じ郎ろうがおたおたする。とにかく、と声こえを励はげました。
「一刻いっこくも早はやく、蝶ちょう屋や敷しきに戻もどろう」
 あそこならば、しのぶがいる。
 しのぶに『占うらないなんて気きにしない、気きにしない』とでも、やさしく諭さとされれば、善ぜん逸いつも落おちつくだろう。その内うち、一日いちにちが終おわって明日あしたになれば、占うらないのこと自体じたい忘わすれるはずだ。
 そう考かんがえたのだが、次つぎの瞬間しゅんかん、
「ダメだ!!」
 善ぜん逸いつが弾はじかれたように叫さけんだ。
「蝶ちょう屋や敷しきはダメだ! 炭たん治じ郎ろう!!」
「? どうしてだ?」
 まさか、異い論ろんを唱となえられるとは思おもってもいなかった。炭たん治じ郎ろうが戸と惑まどった顔かおになる。「何なにが、ダメなんだ?」
「おまっ……わかんないのか!? あそこには女おんなの子こが六ろく人にんもいるんだぞ!? いいか、六ろく人にんだぞ!?」

105

 しのぶさんにカナヲちゃん。アオイちゃんに、きよちゃんすみちゃん、なほちゃんと、善ぜん逸いつが指折ゆびおり数かぞえる。
 数かぞえられてもまだ、炭たん治じ郎ろうにはなんのことだかわからない。伊い之の助すけもなんだコイツというような顔かおで善ぜん逸いつを見みている。
「それが、どうしたんだ? 善ぜん逸いつ」
「彼女かのじょたちとの間あいだに恋こいが芽め生ばえたらどーすんだよ!? 告白こくはくでもされたら? 俺おれ、死しんじゃうじゃねぇか! しかも、その子こも可哀想かわいそうすぎるだろうよ!? 自分じぶんが好すきになったせいで、俺おれが死しんじゃうんだよ? そんなん、悲劇ひげきすぎんだろ!!」
 言葉ことばにしてもらっても、わからなかった。
「相変あいかわらず、気き持もち悪わるい奴やつだな。コイツ」
「…………」
 伊い之の助すけがとなりでボソリとつぶやく。
 炭たん治じ郎ろうが、この可哀想かわいそうな友ともに一体いったいどんな言葉ことばをかけるべきか迷まよっていると、
「――――――――決きめた」
 善ぜん逸いつが神妙しんみょうな声こえでつぶやいた。
「俺おれは今日きょう一日いちにち、女おんなの子こを避さけて、避さけて、避さけまくる!! 炭たん治じ郎ろうと伊い之の助すけは俺おれが女おんなの子こから惚ほれられないように守まもってくれ! いいな!? 全力ぜんりょくで守まもるんだぞ!? 禰ね豆ず子こちゃんの為ためにも、俺おれは生いきなきゃいけないんだからな!!」
106
「コイツ、ここに置おいていこうぜ」
「いや……そうもいかないだろう」
 伊い之の助すけと炭たん治じ郎ろうが言いい合あう声こえも、善ぜん逸いつには届とどいていない。
 おそらくは、何なにか禰ね豆ず子こに関かんすることでも考かんがえているのだろう――その想像そうぞうに熱あつい涙なみだを流ながしている。
 傍はたから見みると、かなり気き持もち悪わるい。

「じゃあ、どっかに捨すてて来こようぜ」
「だから、そういうわけにはいかないんだ。伊い之の助すけ」

「大丈夫だいじょうぶだよ、禰ね豆ず子こちゃん! 俺おれは絶対ぜったい、死しんだりなんかしないよ! きっと、この危き機きを生いき残のこって、君きみを誰だれよりも幸しあわせにするからね……!! 安心あんしんして、嫁とついでおいで!!」

 伊い之の助すけの辛辣しんらつな言葉ことばも、炭たん治じ郎ろうの困こまり顔がおもなんのその、善ぜん逸いつは自身じしんの妄想もうそうに滝たきのような涙なみだを流ながしながら、ぐっと利きき手てを握にぎりしめるのだった……。

107

挿絵

「いらっしゃいませ」
「!!」

 店内てんないに入はいった瞬間しゅんかん、女性じょせいが朗ほがらかに微笑ほほえみかけてきた。
 ここは通とおりに面めんした喫茶きっさ店てんである。
 蝶ちょう屋や敷しきに帰かえることを拒こばむ善ぜん逸いつと、腹はらが減へったという伊い之の助すけの希望きぼうを叶かなえる為ために入はいったのだが、入はいって早々そうそう、失敗しっぱいだったことがわかった。
(どうしよう。女おんなの人ひとばっかりだ……)
 大おおきな町まちのお洒落しゃれな喫茶きっさ店てんということで、店内てんないは女性じょせいでいっぱいだった。
 うつくしく着飾きかざった妙齢みょうれいの女性じょせいたちが、遠巻とおまきにこちらを見みている。
 にこやかに近ちかづいてきた店みせの女性じょせいは、着物きものの上うえに洋風ようふうの白しろい前掛まえかけをしめていた。綺麗きれいに結ゆい上あげられた黒髪くろかみの下したで、やさしい眼差まなざしを向むけてくる。
「何なん名様めいさまでございますか?」
 女性じょせいに尋たずねられ、案あんの定じょう、炭たん治じ郎ろうの右腕みぎうでにしがみついた善ぜん逸いつは、片手かたてには例れいの老女ろうじょからもらったボロボロのお札ふだを握にぎりしめガチガチと震ふるえ出だした。


108

 それどころか、
「"イ――――――――――ッ」
 威嚇いかくするようにうなったので、
「ひっ」
 女性じょせいの笑顔えがおは一瞬いっしゅんで凍こおりついた。
「すみません」
 とペコペコ謝あやまるのはここでも炭たん治じ郎ろうの役目やくめである。
「ど……どうぞ、奥おくの席せきへ……」
 必要ひつよう以上いじょうに上うわずった声こえで女性じょせいが案内あんないしてくれた。
 その怯おびえたるや、伊い之の助すけの猪いのしし頭あたますら目めに入はいらぬほどである。
 だが、今いまの善ぜん逸いつには、それすらも――自分じぶんにときめき、恥はじらう乙女おとめの姿すがたに映うつるらしく、
「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう」
 とつぶやいている。
「好すかれちゃったらどうしよう……好すかれちゃったらどうしよう……好すかれちゃったら……」
「善ぜん逸いつ……」

109

「はあはあはっはあっはっはあはふっはっ……」
 息いき、汗あせ、震ふるえが酷ひどすぎて、炭たん治じ郎ろうまでその緊張きんちょうが伝つたわってくる。特とくに鼻息はないきと手て汗あせがすごい。
「なあ、善ぜん逸いつ。もう少すこし、落おちつけないか?」
 炭たん治じ郎ろうがやんわり苦言くげんを呈ていするも、善ぜん逸いつは全身ぜんしんの毛けを逆立さかだて、逆ぎゃくギレしてきた。
「いい加減かげんなこと言いうなよ! お前まえ、俺おれが死しんじゃってもいいの? いなくなっちゃっても平気へいきなわけ? なんて、友達ともだち甲が斐いのねぇ奴やつなんだ!」
「そうじゃない。善ぜん逸いつが死しんで平気へいきなわけないだろう? ただ、そこまで怯おびえなくても――」
 と言いうも、善ぜん逸いつには届とどいていない。
 相変あいかわらず「どうしようどうしよう」と言いいながら、震ふるえている。
 困こまった炭たん治じ郎ろうが伊い之の助すけに目めをやると、ホレ見みたことかという風ふうに鼻はなを鳴ならした。
「やっぱり、俺おれが言いう通とおり、捨すててくればよかったじゃねえか」
「そんなこと言いうなよ。伊い之の助すけは親分おやぶんなんだろ?」
「! まあな。ホラ、紋もん逸いつ、行いくぞ!! 守まもってやんよ、親分おやぶんだからな」
 途端とたんに機嫌きげんのよくなった伊い之の助すけが、善ぜん逸いつの背中せなかをバシバシと叩たたいた。

110

 女性じょせいに案内あんないされたのは、店みせの奥おくの奥おくの奥おく――隅すみっこにある席せきだった。明あかるい店内てんないの中なかで、何な故ぜかそこだけ薄暗うすぐらく、空気くうきが淀よどんでいる。
 明あきらかに他ほかの客きゃくから離はなす為ため、追おいやられたのだろうが、かえってありがたかった。
 善ぜん逸いつがさっと奥おくの席せきに座すわると、椅い子すの上うえで膝ひざをぎゅっと抱かかえた。
 そのとなりに炭たん治じ郎ろうが、向むかいに伊い之の助すけが座すわる。
 メニューを手てにした伊い之の助すけの第一声だいいっせいは、
「読よめねえ」
 であった。
「これは、平仮名ひらがなの、〝あ〟だ。こっちは、〝い〟。伊い之の助すけの〝い〟だな」
「俺おれ様さまの〝い〟か!!」
「これは、〝す〟で、こっちは〝く〟」
 炭たん治じ郎ろうが弟おとうとたちにしてやるように一ひとつずつ文字もじを読よんでやっていると、

「ヒイィィィィィィィ !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 となりの席せきから善ぜん逸いつの悲鳴ひめいがもれた。
 ギョッとした炭たん治じ郎ろうが、

111

「どうしたんだ?」
 と尋たずねると、善ぜん逸いつが震ふるえる手てで離はなれた席せきに座すわった少女しょうじょを指ゆびさした。
「あの子こ、俺おれを見みて固かたまってる……恋こいに落おちたんだ」
「すまない。善ぜん逸いつが何なにを言いっているのか、まったくわからない」
 炭たん治じ郎ろうが悲かなしげに言いうと、善ぜん逸いつが大袈裟おおげさに頭かぶりを振ふってみせた。
「だって、誰だれも彼かれもが俺おれのことを見みてるもの……店みせ中じゅうの女性じょせいが俺おれを好すきになっちゃったかも……うぅ………どうしよう。炭たん治じ郎ろう」
 絶望ぜつぼう的てきな声こえで善ぜん逸いつが言いう。
「コイツ、もうダメだな」
「伊い之の助すけ」
「もともと気き持もちの悪わるい奴やつだったけど、もうやべえだろ。妄想もうそうと現実げんじつの区別くべつがつかなくなってんぜ?」
「……伊い之の助すけ」
 言いいにくいことをズバッという友ともを、炭たん治じ郎ろうがそっとたしなめる。
 そこへ、さっきとは別べつの女性じょせいが注文ちゅうもんを取とりに来きた。
「あのぉ……ご注文ちゅうもんをうかがいに」
 明あきらかに善ぜん逸いつを警戒けいかいしているせいか、微妙びみょうに声こえが震ふるえ、上うわずっている。

112

 またしても勘違かんちがいした善ぜん逸いつが、ガタガタと震ふるえ始はじめた。
「ひぃ! この人ひと、俺おれのことチラチラ見みてる……俺おれに告白こくはくするつもりなんだよ、きっと……怖こわい怖こわい怖こわい怖こわいこわいこわいこわいこ――――」
「いい加減かげんにしろ、善ぜん逸いつ」
 テンパった善ぜん逸いつの頭あたまを炭たん治じ郎ろうがポカリと殴なぐる。「彼女かのじょが怯おびえているだろう!? 店みせの人ひとを困こまらせるな!」
 然さ程ほど、強つよく殴なぐったつもりはなかったのだが、友ともは緊張きんちょうの糸いとが切きれたように、ふっと白しろ目めを剥むき、机つくえの上うえに突つっ伏ぷしてしまった。
 ようやく静しずかになったところで、
「お騒さわがせして、すみません」
 再ふたたびペコリと頭あたまを下さげる。
「い、いえ――」
 女性じょせいは最早もはや、涙目なみだめだった。なるべく早はやく、解放かいほうしてあげたいと思おもいながらも、名前なまえだけ読よんだだけではどれがどんな品しななのかわからない。
 困こまっていると、
「オイ、アレが美味うまそうじゃねえか?」
 と伊い之の助すけが指ゆびさした。

113

 炭たん治じ郎ろうが目めをやると、近ちかくの席せきの女性じょせいが硝子がらすの器うつわに入はいった白しろい饅頭まんじゅうのようなものを、スプーンで食たべている。
 女性じょせいの様子ようすではどうやらひどく冷つめたいらしく、煎餅せんべいのような細長ほそながい物体ぶったいが添そえてある。
 確たしかに、どんな味あじなのか気きになるところではあった。
「アレを三みっつください」
 そう頼たのむと、
「かしこまりました」
 女性じょせいは明あきらかにほっとした顔かおで微笑ほほえむと、半なかば逃にげるように席せきを離はなれていった……。

挿絵

「お待またせしました。当店とうてん自慢じまんのあ﹅い﹅す﹅く﹅り﹅い﹅む﹅でごぜえます」

 注文ちゅうもんの品しなは驚おどろくほど速はやく運はこばれてきたが、運はこんできたのは、またしても違ちがう女性じょせいだった。
 今度こんどはまた、おそろしくごっつい女性じょせいで、力士りきし顔負かおまけの体格たいかくの持もち主ぬしであった。腕うで一いっ本ぽん取とってみても、炭たん治じ郎ろうや善ぜん逸いつの太腿ふとももぐらいある上うえに、伊い之の助すけ以上にムキムキだ。
「溶とけやすいだで、お早はやく召めし上あがりくだせえ」

114

「わあ、ありがとうございます――」
 炭たん治じ郎ろうは笑顔えがおで礼れいを言いいつつも、好こう戦せん的てきな伊い之の助すけが、彼女かのじょの恵めぐまれた体躯たいくに闘争とうそう本能ほんのうを駆かり立たてられ、勝負しょうぶを挑いどまないかハラハラしていたが、
「ヒャフー! 待まちくたびれたぜ!!」
 幸さいわい、目めの前まえに出だされたご馳走ちそうに夢中むちゅうで、それどころではないようだ。
 猪いのしし頭あたまを脱ぬぎ捨すてた伊い之の助すけが、上機嫌じょうきげんでスプーンを握にぎりしめる。
 早速さっそく、ガバッと豪快ごうかいに口くちへ運はこんだ伊い之の助すけが、
「オ……オイ」
 とうめいた。
 見みれば、感動かんどうに打うち震ふるえている。
「めちゃめちゃうめぇぞ、これ!? なんだ、これ!?」
「あいすくりいむって言いうらしいぞ」
 炭たん治じ郎ろうが女性じょせいに聞きいた名前なまえを伝つたえる。
 そして、自分じぶんも一口ひとくち食たべ、
「美味うまいな!」
 と目めを丸まるくした。饅頭まんじゅうとは全然ぜんぜん、違ちがう味あじだった。驚おどろくほど甘あまく冷つめたくて、口くちの中なかに入はいると、たちまち溶とけてなくなってしまった。

115

「うめえうめえうめえうめえうめえ」
 伊い之の助すけが大声おおごえで連呼れんこし、ガツガツと口くちへ運はこぶ。
 美味おいしい物ものを食たべている時ときの伊い之の助すけは、基本きほん、無害むがいである。その上うえ、彼かれの素顔すがおは、普段ふだんの猪いのしし頭あたまからは想像そうぞうもつかないほど美び形けいで、白皙はくせきの美び少年しょうねんと言いっても過言かごんではない。
 そのせいもあってか、店内てんないの女性じょせいたちの視線しせんが伊い之の助すけに集中しゅうちゅうする。
 ――それに、どういうわけか善ぜん逸いつが覚醒かくせいした。
「ハッ!?」
「起おきたのか、善ぜん逸いつ」
 炭たん治じ郎ろうがほっとしつつ「あいすくりいむが来きているぞ」と言いう。
「すごく美味おいしいんだ。これを食たべれば、きっと気きがまぎれる」
 だが、死し人にんのように青あおざめた善ぜん逸いつの耳みみには届とどいていなかった。
「視線しせんを感かんじる……」
「え?」
「『え?』じゃねえよ! この女おんなの子こたちの熱あつい視線しせんを感かんじねえのか!? どうしよう!? 俺おれ、死しんじゃうよ!? 考かんがえ得うる限かぎり一番いちばん惨むごたらしい死しに方かたをしちゃうよ!?」
「落おちつけ、善ぜん逸いつ。お店みせの人ひとに迷惑めいわくだろう?」
「いやああああああああ!! 禰ね豆ず子こちゃん、じいちゃん、助たすけてえええええ――――――――っ!!!! 死しにたくないよおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
116
「善ぜん逸いつ!!」
「お客様きゃくさま、すんませんが、これ以上いじょう、店内てんないで騒さわがれるようなら、外そとへ出でていただかねえと」
 炭たん治じ郎ろうの制止せいしをものともせず、大声おおごえで叫さけぶ善ぜん逸いつに、例れいのごっつい女性じょせいがやんわりと注意ちゅういする。
 善ぜん逸いつがまじまじと彼女かのじょを見みつめた。
「え……なに……『お客様きゃくさま、好すきです。これ以上いじょうは、照てれくさいので、外そとへ出でてくれませんか』だって……?」
 あり得えない聞きき間違まちがえ方かたをした善ぜん逸いつが、即座そくざに震ふるえ上あがる。
「ひいぃぃぃぃぃぃ!!!! 告白こくはくだ!! これ、告白こくはくされちゃうやつだよ!! いやああああああああ――――――っ!!!!」
 声こえの限かぎりに叫さけぶと、となりの席せきの炭たん治じ郎ろうを押おしのけるようにして、店みせの外そとへ飛とび出だしてしまった。まさに、呼よび止とめる暇ひまもなかった。
「善ぜん逸いつ……――」
 炭たん治じ郎ろうが呆然ぼうぜんと友ともの背中せなかを見送みおくる。
 余程よほど、動転どうてんしていたのか、あれほど握にぎりしめていたお札ふだまで忘わすれてしまっている。
 向むかいの席せきの伊い之の助すけはあいすくりいむに夢中むちゅうで、善ぜん逸いつが出でていったことにも気きづいていない。

117

 友ともが机つくえに置おき忘わすれたお札ふだを炭たん治じ郎ろうがそっと拾ひろう。
 すると、
「お客様きゃくさま、そのお札ふだ……どこでもらっただか?」
 眉まゆをひそめた女性じょせいが、険けわしい声こえで尋たずねてきた――。

挿絵

「どうしよう……どこに行いったんだ? 善ぜん逸いつ」

 雑踏ざっとうの中なか、炭たん治じ郎ろうが善ぜん逸いつの姿すがたを探さがす。
 山やまの中なかであれば、彼かれの金色きんいろの髪かみは見みつけやすいが、何なにせここには様々さまざまな色いろがあふれている。人々ひとびとの装よそおいも様々さまざまな為ため、友ともを探さがすのも一苦労ひとくろうだ。

 店みせの女性じょせい――さ﹅や﹅という名前なまえだった――が言いうには、最近さいきん、四辻よつつじの有名ゆうめいな占うらない師しの名なをかたり、悪質あくしつなお告つげで通とおりすがりの人間にんげんを怖こわがらせては楽たのしむ贋にせ占うらない師しがいるらしく、以前いぜん、その偽物にせものに遭遇そうぐうしたお客きゃくから見みせてもらったものと、善ぜん逸いつのもらったお札ふだがそっくりだったそうだ。

118

 炭たん治じ郎ろうが先程さきほどのことを話はなすと、さやは深ふかく同情どうじょうし、心配しんぱいしてくれた。
『わたすも、もう少すこしで仕事しごとが上あがりだから、一緒いっしょに探さがしてあげますだ』
 自分じぶんならばこの町まちのことにも詳くわしいからと、心こころやさしい娘むすめはそう言いってくれた。炭たん治じ郎ろうも喜よろこんだのだが、善ぜん逸いつはなかなか見みつからなかった。
(まさか、善ぜん逸いつに限かぎって、世よを儚はかなんで……ということはないだろうけど)
 何なにせ、あの追おい詰つめられようだ。悪わるい想像そうぞうばかりがわいてくる。
「あのバカの〝匂におい〟はしねえのか?」
「さっきから探さがしているんだが、ものすごく強つよい匂においが邪魔じゃまして、はっきりしないんだ……」
 炭たん治じ郎ろうが眉間みけんに皺しわを寄よせる。
 さやが『香水においみず』だと教おしえてくれたそれは、主おもに女性じょせいたちから漂ただよっており、中なかには鼻はなが曲まがりそうなものまであった。ゆえに、炭たん治じ郎ろうの嗅覚きゅうかくを使つかうこともできない。
「俺おれはさやさんとこっちを探さがしてみるから、伊い之の助すけはそっちを――」
 炭たん治じ郎ろうが言いいかけたところで、
「あそこだ!!!」
 さやが叫さけんだ。

119

 炭たん治じ郎ろうがさやが指ゆびさす方ほうを見みると、確たしかに善ぜん逸いつが泣なきながら歩あるいている。
 それに安堵あんどする。
「善ぜん――――」
「お客様きゃくさまあ――――――――っ!!!!!」
 しかしながら、炭たん治じ郎ろうが声こえをかけるのと同時どうじに、さやがドスドスと駆かけ出だしてしまった。
 善ぜん逸いつがぎゃっと飛とび上あがり、そのままヘナヘナと座すわりこんでしまったのが見みえる。恐怖きょうふが膝ひざにきたのだろう。
 観念かんねんするかのように、善ぜん逸いつが目めを閉とじた――その時とき。

「馬車ばしゃの馬うまが逃にげたぞお――――――――――――っ!!!!!!!!!」

 男おとこの怒ど声せいが通とおりに響ひびきわたった。
 一気いっきに周囲しゅういが騒々そうぞうしくなる。

「逃にげろおおおおおっ!!!!!」
「キャ――――ッ!!!」
「いやああああ!!!!!」

120

 人々ひとびとが右う往おう左さ往おうし、あちらこちらから悲鳴ひめいが上あがった。
 炭たん治じ郎ろうが周囲しゅういを見みまわす。善ぜん逸いつに駆かけ寄よろうとしているさやの右みぎ脇わきに、馬うまが見みえた。馬うまが大おおきく足あしを上あげる。
「伊い之の助すけ!」
「おうよ!!」
 炭たん治じ郎ろうの号令ごうれいに、二ふた人りがほぼ同時どうじに動うごく。
 だが、それよりも早はやく、稲妻いなずまのようなものが馬うまの足元あしもとからさやを連つれ去さった。
「……っ――?」
 炭たん治じ郎ろうが思おもわず目めを瞠みはる。
 その稲妻いなずまのようなものは、善ぜん逸いつであった。
 友ともが雷かみなりの呼吸こきゅうを使つかい、さやを助たすけ出だしたのだとわかる。
「やるじゃねえか、アイツ」
 伊い之の助すけがつぶやいたのが聞きこえた。
「弱よわ味噌みそにしては上じょう出で来きだ」
 標的ひょうてきを失うしない荒あらぶる馬うまと対峙たいじした伊い之の助すけが、ギラリとにらむ。
 途と端たんに、馬うまは仔犬こいぬよりも大人おとなしく従順じゅうじゅんになった。
(さすが、伊い之の助すけだ……)

121

 安堵あんどした炭たん治じ郎ろうが、善ぜん逸いつは――と視線しせんを戻もどす。さやを抱かかえた友ともは、沸わき立たつ人々ひとびとによって囲かこまれていた。

「よくやったな、坊主ぼうず!!」
「なんだ、今いまの!? すげー速はやかったぞ!?」
「お兄にいちゃん、カッコいい!!!」
「すごいわ!!! 坊ぼうや!!!」

 人々ひとびとが口々くちぐちに善ぜん逸いつの行動こうどうを褒ほめたたえているが、当人とうにんはそれどころではないという顔かおをしている。
 ほとんど顔面がんめん蒼白そうはくで、さやが重おもいのもあるだろうが、ブルブルと震ふるえている。
「善ぜん逸いつ、大丈夫だいじょうぶか――?」
 駆かけ寄よろうにも、人垣ひとがきが邪魔じゃまで近ちかづけない。それでも、どうにか前まえに出でると、善ぜん逸いつに抱かかえられたさやが妙みょうに艶あでやかな目めで友ともを見上みあげている。
「お客様きゃくさま……わたすの為ために」
「……い、いやいやいや……そ、そんなたたた大たいしたことじゃないから……に、に、人間にんげんとしてと、と、と、当然とうぜんのことをしたまでですよ」

122

「なんて、謙虚けんきょで漢おとこらしい方かたなんだ……」
 さやがうっとりとつぶやく。
 今いまにも愛あいの告白こくはくをされそうな雰ふん囲い気きである。
 善ぜん逸いつが必死ひっしに視線しせんを泳およがしている。救すくいを求もとめるように野次馬やじうまの上うえを動うごいていた視線しせんが、ピタリと止とまった。
 その顔かおが更さらに、死体したいのように青あおざめた。
 不審ふしんに思おもった炭たん治じ郎ろうが、友ともの視線しせんを目めで追おうと、例れいの贋にせ占うらない師しの姿すがたがあった。
「伊い之の助すけ!」「まかせろ!!」
 伊い之の助すけが人込ひとごみをかき分わけるようにして、贋にせ占うらない師しの方ほうへ走はしっていく。
 ――だが、

「え? ちょ、お、お客様きゃくさま!? 大丈夫だいじょうぶだか!? お客様きゃくさまぁ――――っ!!?」

 さやの叫さけび声ごえに慌あわてて振ふり返かえる。
 果はたして、友ともはさやを抱だき上あげたまま、気きを失うしなっていた……。

123

挿絵

 その後ご、目覚めざめた善ぜん逸いつにすべてを話はなし、捕つかまえた贋にせ占うらない師しの髪かみの毛けを全部ぜんぶ毟むしろうとしていた伊い之の助すけを宥なだめ、さやに見送みおくられながら町まちを後あとにした三さん人にんは、どっぷりと日ひが暮くれた頃ころに蝶ちょう屋や敷しきへと辿たどりついた。

「それはそれは、大変たいへんでしたね」
 話はなしを聞きいたしのぶが、やさしく労いたわってくれる。
 きよ、すみ、なほの三さん人にんも「善ぜん逸いつさん可哀想かわいそう」「大丈夫だいじょうぶですか?」「嘘うそを言いうなんて、ひどいです」と憤慨ふんがいしてくれたので、どん底ぞこだった善ぜん逸いつの機嫌きげんもすっかり良よくなった。
 さやはあの店みせの主あるじの姪めいで、大切たいせつな姪めいを助たすけてくれたお礼れいに……と、チョコレートやキャラメルなどのお菓か子しを大量たいりょうに持もたせてくれた為ため、女性じょせい陣じんは大喜おおよろこびである。
 そして、彼女かのじょたちの喜よろこびは善ぜん逸いつの喜よろこびである。
「それにしても、伊い之の助すけは最初さいしょから冷静れいせいだったな」
 アオイとカナヲが淹いれてきてくれた茶ちゃを飲のみながら、炭たん治じ郎ろうが友ともを褒ほめると、チョコレートを食たべていた伊い之の助すけが「は?」と顔かおを上あげた。

124

 頬ほおのまわりが大量たいりょうのチョコで汚よごれ、アオイに、
「汚きたない!」
 と叱しかられている。
「どうせ、俺おれはモテねえと思おもってたからだろ」
 ケッと善ぜん逸いつが不貞腐ふてくされる。「もしくは、俺おれがどうなろうと心配しんぱいじゃなかったから、冷静れいせいだったんだよ。コイツは」
 だが、伊い之の助すけは意外いがいにも、
「最初さいしょに会あった時とき、あのババアから嫌いやな感かんじがしたからな」
 と別べつのことを言いった。
「最初さいしょに言いうことを決きめてて、どいつに言いおうか舌したなめずりしながら探さがしてる感かんじだった。真まっ当とうな占うらない師しだったら、そんなことしねえだろ? てか、お前まえ、いつもの〝音おと〟はどうしたんだよ? 聞きこえなかったのか?」
「…………」
 善ぜん逸いつが、あ、という表情ひょうじょうになる。
 完全かんぜんに失念しつねんしていた、という顔かおだった。
 うつむき黙だまりこくる善ぜん逸いつに、
「やっぱりバカだな」

125

 と伊い之の助すけがとどめを刺さす。
「この際さい、馬ば鹿か逸いつに改名かいめいしたらどうだ?」
「……うるせーよ」
 言いい返かえす声こえにも、いつもの勢いきおいがない。
 しかし、それは炭たん治じ郎ろうも同おなじだった。いくら動揺どうようしていたからといって、贋にせ占うらない師しの悪意あくいに満みちた〝匂におい〟を嗅かぎ分わけられなかったことを反省はんせいしていると、空からになった湯呑ゆのみにカナヲが新あたらしいお茶ちゃを注そそいでくれた。
「ありがとう」
「…………」
「カナヲもチョコレート食たべた? 美味おいしいよ」
 そう言いってわたそうとすると、カナヲは何な故ぜか赤あかい顔かおで近ちかくにいたアオイの背中せなかに隠かくれてしまった。
 コインを投なげていないから受うけ取とれなかった……という風ふうでもない。
(どうしたんだろう?)
 炭たん治じ郎ろうが小首こくびを傾かしげていると、
「なあ~に、なんか良よい雰囲気ふんいきになってんだよ? コラ、炭たん治じ郎ろう」
「どうしたんだ? 善ぜん逸いつ。そんな怖こわい顔かおして」

126

「人畜じんちく無害むがいな顔かおしやがって……俺おれより先さきに幸しあわせになったら、呪のろうぞ?」
「???」
 妬ねたましさを全開ぜんかいにした善ぜん逸いつが、ギリギリと歯はを鳴ならしながら詰つめ寄よってくる。今いますぐにでも呪のろわれそうな勢いきおいだ。
 わけのわからない炭たん治じ郎ろうがオロオロしていると、しのぶが「――まあまあ」と微笑ほほえむ。
「善ぜん逸いつ君くんも無ぶ事じでしたし。任務にんむの帰かえりに贋にせ占うらない師しまで捕つかまえるなんて、君きみたちは本当ほんとうに良よい同期どうきですねえ」
 と笑顔えがおでその場ばをまとめてくれた。

挿絵

 アオイが湯ゆを新あたらしく沸わかしてくれたと言いうので、三さん人にんで風呂ふろに向むかう。
「俺おれは風呂ふろなんて入はいりたくねえ。水みず浴あびでいい」
 とごねる伊い之の助すけを炭たん治じ郎ろうが引ひっ張ぱっていると、背後はいごから、
「…………助たすけてくれて、ありがとな」
 と小ちいさな声こえがした。
 炭たん治じ郎ろう、伊い之の助すけ、と。

127

 本当ほんとうに小ちいさいその声こえは、妙みょうに真摯しんしで、照てれくさそうだった。
「――? 善ぜん逸いつ?」
 振ふり返かえると、そこにいるのはもういつもの善ぜん逸いつで、
「あーあ、もう、今日きょうは散々さんざんだったよ」
 とうんざり顔がおでぼやいた。
 そして、
「先さきに入はいってるぞ」
 と言いうと、足早あしばやに風呂場ふろばへ向むかう。
「……――」
 炭たん治じ郎ろうはそんな意地いじっ張ぱりの友ともの背中せなかに目めを細ほそめると、ふっと微笑ほほえんだ。

『君きみたちは本当ほんとうに良よい同期どうきですねえ』

 しのぶの声こえが耳元みみもとで蘇よみがえる。
 そうなのだろうか?
 隊たい士しになった最初さいしょの頃ころから、ずっと側そばにいるせいかよくわからない。
 だが、鼓つづみ屋敷やしきの任務にんむで出会であったのが、あの二ふた人りで本当ほんとうによかったと思おもう。

128

 一緒いっしょにいたから、乗のり越こえられたこともあった。
 どうしようもない悲かなしみに、打うちのめされずに済すんだ。

 一人ひとりでないということは、幸しあわせなことだ。

「入はいってもいいが、体からだは洗あらわねえぞ」
「ダメだ。アオイさんも言いってただろ? 湯船ゆぶねに入はいる前まえに、ちゃんと洗あらうんだ」
「あの小こうるさいチビが!」
「そういうことを言いうんじゃない。みんなのことを考かんがえてくれているんだから。ホラ、行いくぞ。伊い之の助すけ」

 もう一人ひとりの友ともを引ひっ張ぱりながら、炭たん治じ郎ろうはもう一度いちど、微笑ほほえんだ。

 縁側えんがわから見みえる夜空よぞらには、今いまにも降ふってきそうな程ほどに星ほしが瞬またたいていた――。

第だい4話わ アオイとカナヲ

129

挿絵

130

 私わたしはカナヲが苦手にがてだった。

 といっても、別べつに嫌きらいというわけではない。ただ、苦手にがてというだけだ。特とくに何なにかをされたわけでも、明確めいかくな衝突しょうとつがあったわけでもない。
 栗つ花ゆ落りカナヲは、言いうなれば人形にんぎょうのような少女しょうじょだ。
 話はなしかけてもまず返事へんじはない。いつも虚うつろな笑顔えがおで、自分じぶんでは何なにも決きめられず、銅貨どうかを投なげて決きめる。
 そんなカナヲに、気きの短みじかい私わたしはイライラし、時ときにうんざりすることすらあった。
 年齢ねんれいだけを言いうなら私わたしの方ほうが上うえだが、階級かいきゅうはカナヲの方ほうがずっと上うえだ。何なにせ、あの若わかさで柱はしらの技術ぎじゅつを受うけ継つぐ〝継つぐ子こ〟に選えらばれるほど、鬼おに狩がりの才能さいのうにあふれている。
 一方いっぽうの私わたしは、単たんなる幸運こううんだけで選別せんべつを生いき残のこり、それから先さきは恐怖きょうふのあまり実戦じっせん経験けいけんを積つめない腰抜こしぬけだ。しのぶ様さまのお情なさけでこの蝶ちょう屋や敷しきに留とどまり、負傷ふしょうした隊たい士しの世話せわや、回復かいふくした隊たい士しの回復かいふく訓練くんれんを手伝てつだわせてもらっている。
 鬼おにを殺ころせない隊たい士しに、存在そんざい価値かちなどあるのだろうか?

131

 あるわけがない。
 私わたしは隊たいのお荷物にもつだ。
 そのせいか、カナヲを前まえにすると妙みょうに気き持もちがざわつく。それが劣等れっとう感かんだと気きづいた時とき、己おのれの卑ひ小しょうさにうんざりした。
 どんどん自分じぶんが嫌きらいになっていく……。
 そんな時とき、ある人ひとが言いってくれた。

『俺おれを手助てだすけしてくれたアオイさんは、もう俺おれの一部いちぶだから。アオイさんの想おもいは、俺おれが戦たたかいの場ばに持もっていくし』

 こんな役立やくたたずを自分じぶんの一部いちぶだと、この行いき場ばのない想おもいを戦たたかいの場ばへ連つれていってくれると――。
 なんの衒てらいも躊躇ためらいもなく。お日ひさまのような笑顔えがおで、その人ひとは言いってくれた。
 だから、頑張がんばろうと思おもった。自分じぶんに出来できる精一杯せいいっぱいのことをやろうと……。
(なのに……)
 音おと柱ばしら様さまに任務にんむへの同行どうこうを命めいじられた時とき、私わたしの身体からだはあっけなく震ふるえた。鬼おにとまみえる恐怖きょうふを思おもい出だし、なほを庇かばうことさえ出来できず、

132

『カナヲ! カナヲ!!』
 バカみたいに、そう繰くり返かえした。
 そんな私わたしの手てをカナヲはつかんでくれた。
 銅貨どうかも投なげず、眉間みけんに皺しわを寄よせ、歯はを食くいしばって、音おと柱ばしら様さまに何なにを言いわれてもこの手てを離はなさないでいてくれた。

 その時ときのお礼れいを、私わたしはまだ言いえないでいる――。

挿絵

「買かい出だしですか?」
「ええ。是非ぜひ、二ふた人りにお願ねがいしたいんです」

 上官じょうかんであるしのぶの自室じしつに呼よび出だされたので、音おと柱ばしらとの一いっ件けんのことで叱責しっせきされるのかと思おもったが、そうではなかった。
 それにしても、そろって買かい物ものを言いいつけられるとは珍めずらしい。
 アオイはちらっととなりに座すわるカナヲを盗ぬすみ見みた。

133

 カナヲは普段ふだんとなんら変かわらない表情ひょうじょうで宙ちゅうを見みつめている。その胸むねの内うちは杳ようとして知しれない。
「買かってきてほしい薬やく種しゅは、ここに書かき出だしてありますから」
 そう言いうと、しのぶはニコニコと微笑ほほえんだ。
 物もの言いわぬカナヲと二ふた人りで外出がいしゅつ――以前いぜんであれば、いくら敬愛けいあいするしのぶの言いいつけとはいえ、気きの重おもいものであったはずだ。
 だが、今いまのアオイには渡わたりに船ふねだった。
 ようやく、あの時ときのお礼れいを言いえると思おもい「わかりました」と頭あたまを下さげる。
「行いって参まいります」
「よろしくお願ねがいしますね。炭たん治郎じろう君くんたちが今回こんかいの任務にんむを終おえたら、おそらくこちらに戻もどるでしょうから」
 としのぶが何気なにげなく続つづける。
 それに、しかしアオイはびくりとした。
「宇髄うずいさんがついていますから、心配しんぱいはないでしょうが、出来できる限かぎりの備そなえをして待まちましょう」
「…………」
 そうだ。彼かれらは自分じぶんの代かわりに行いってくれたのだ。

134

(私わたしが情なさけないから……)
 そっと唇くちびるを嚙かみしめる。どうか、危険きけんな任務にんむでないといい。だが、それは虫むしのいい願ねがいだ。柱はしらが動うごくほどの任務にんむであれば、雑ざ魚こ鬼おに退治たいじ程度ていどであるはずがない。
 無限むげん列車れっしゃという列車れっしゃに潜ひそむ鬼おにを退治たいじに行いった時ときにも、彼かれらは満身まんしん創痍そういで戻もどってきた。心こころも身体からだも傷きずついて、痛いたましいほどボロボロになって……。
 しかも、今回こんかいは自分じぶんのせいなのだ。
(…… どうか、どうか無ぶ事じで ――――)
 いっそ、泣なき出だしたい想おもいで祈いのる。
(絶対ぜったいに、みんなそろって、帰かえってきて……)
 膝ひざの上うえに置おいた指ゆびの先さきが震ふるえていた。止とめようにも止とまらない。

 アオイは己おのれの不甲斐ふがいなさに固かたく目めを瞑つむった。

挿絵

 しのぶ行いきつけの薬やく種しゅ問屋どんやは、蝶ちょう屋や敷しきから少すこし離はなれた街まちにある。

135

 アオイもしのぶに連つれられて何度なんどか来きたことがあった。
「いらっしゃいまし」
 と応おうじる、瘦やせぎすで萎しなびた茄な子すのような顔かおをした店主てんしゅに見み覚おぼえがある。
「薬やく種しゅをわけていただきたいのですが――」
 カナヲは基本きほん口くちを利きかないので、アオイがしのぶの書付かきつけを手てに、あれこれ指し示じする。薬やく種しゅの目め利ききについては、然さ程ほど、不ふ安あんはなかった。
 だが、勘定かんじょうの段だんになって、アオイはさっと青あおざめた。
 確たしかに入いれたはずの財布さいふがないのだ……。
 しのぶから預あずかっているお金かねを入いれた財布さいふが、どこにも見み当あたらない。
 しばらく、隊たい服ふくのポケットを必死ひっしに探さぐっていたアオイが、
(・・・・・・・・・・・・あ)
 と、口元くちもとに手てを当あてた。
 出でがけに、急きゅうな支払しはらいで隊たい服ふくから出だし、そのまま机つくえの上うえに置おき忘わすれてしまったのだと思おもい出だし、呆然ぼうぜんとする。
 普段ふだんは到底とうていしないようなしくじりだった。
「…………」
 カナヲが何なにかを察さっしたようにこちらを覗のぞきこんでくる。

136

「……――カナヲ、ゴメン」
 かすれた声こえでつぶやくと、アオイは鼻はなの頭あたまが膝ひざ小僧こぞうにつくぐらい大おおきく頭あたまを下さげた。
「お財布さいふ、忘わすれた!!」

 カナヲからの返事へんじはない。
 恥はずかしさと情なさけなさで、いっそ消きえてしまいたかった……。

挿絵

 運うんが悪わるいことに、あくまで買かい出だしが目的もくてきであった為ため、アオイのみならずカナヲも私用しようの財布さいふを持もっていなかった。
 カナヲが例れいの銅貨どうかをじっと見みつめ、かすかにたじろいだので、
「まさか、それを取とり上あげたりはしないわよ」
 と力ちからなく笑わらう。
 何度なんども通かよっている店みせということもあり、恥はじを忍しのんでツケ払ばらいを頼たのんだのだが、うたぐり深ぶかい主あるじはなかなか首くびを縦たてには振ふってくれなかった。
「そうは言いわれても……あたしらも商売しょうばいだしねえ。生憎あいにく、今日きょうは隠居いんきょが出でてるし……あたしの一存いちぞんじゃねえ」

137

 そう言いって、のらりくらりと話はなしを濁にごす。
「大体だいたい、アンタら何なにしてる人ひとなの? キ﹅サ﹅ツ﹅タ﹅イ﹅ってのは、どういう集あつまりなわけ?」
「え……」
 改あらためて尋たずねられ、アオイが言葉ことばに詰つまる。
 こういう時とき、政府せいふ公認こうにんの組織そしきではないことが辛つらい。
 鬼おに云々うんぬんと言いっても信しんじてもらえない為ため、藤ふじの家紋かもんの家いえなどをのぞき、鬼殺きさつ隊たいの社会しゃかい的てき信用しんようは決けっして高たかくない。人々ひとびとの為ために命いのちを懸かけて鬼おにと闘たたかいながら、隊たい士したちは日にち輪りん刀とうすらまともに帯刀たいとうできないのが現状げんじょうだ。
 アオイが返答へんとうに困こまっていると、主あるじは胡散うさん臭くさい目めでアオイとカナヲを見みてきた。
「女おんなの人ひとだけで何なにしてんの? 前まえに来きてた人ひとも妙みょうに色いろっぽかったし……まさか、何なにかやましい商売しょうばいをしてるんじゃないだろうねえ?」
「!!」
 買かい出だしにくる蝶ちょう屋や敷しきの面々めんめんが女性じょせいばかりの為ため、そんな邪推じゃすいが働はたらいたのだろう。
 だが、主あるじの下げ卑びた目めつきに腹はらを立たてたアオイは、
「わかりました、ツケ払ばらいの件けんは結構けっこうです! では!!」
 そう慇懃いんぎんに告つげると、カナヲを引ひっ張ぱって店みせを出でてきてしまった。

138

 そして、途端とたんに後悔こうかいした。
(……やっちゃった)
 利きき手てで頭あたまを抱かかえる。今いまから蝶ちょう屋や敷しきに戻もどってお財布さいふを取とってきたところで、到底とうてい、店みせのやっている時間じかんには戻もどって来こられまい。
 やはり、短気たんきを起おこさず、何なにを言いわれても黙だまって頭あたまを下さげ続つづければよかったのだ。
 でも、しのぶのことまであんな風ふうに言いわれ、隊たいを侮辱ぶじょくされて、我慢がまんなどできなかった。
(私わたしの馬ば鹿か……馬ば鹿か馬ば鹿か馬ば鹿か!)
 あの人ひとが言いってくれた言葉ことばを無駄むだにしない為ためにも、前まえを向むこうと――そう決きめたのに。
 気き持もちばかりが先走さきばしり、空回からまわりしている現状げんじょうが情なさけなかった。
 今日きょう買かうはずだった品しな――薬やく種しゅも、医療いりょう用ように使つかうお酒さけも、包帯ほうたいにするさらしも、どれも必要ひつよう不可欠ふかけつなものだ。

 もし、それらが足たりない時ときに、彼かれらが帰かえってきたら?
 しのぶでも手てに負おえないような大おお怪我けがをしていたら?

 私わたしのせいで、彼かれらにもしものことがあったら……?

139

 想像そうぞうしただけで、みっともなく足あしが震ふるえだす。自分じぶんの間抜まぬけさ加減かげんに目めの前まえが真まっ暗くらになった。
「――ゴメン、カナヲ」
 あの時ときの礼れいを言いうどころではない。
 しょんぼりとうなだれたアオイは、カナヲに向むけ、改あらためて頭あたまを下さげた。「鬼おにが怖こわくて任務にんむに行いけない時点じてんで、十分じゅうぶんすぎるぐらいお荷物にもつなのに……買かい出だしすらまともに出来できないなんて……――ホント、最低さいてい」
 自分じぶんで言いいながら涙なみだが出だそうになった。必死ひっしにそれを堪こらええる。喉のどの奥おくがじんと熱あつくなって、鼻はなの奥おくがつんと痛いたんだ。
「私わたしっ……自分じぶんで自分じぶんが情なさけなくて……」
「…………」
「…………やっぱり、もう一度いちど、頼たのんでくる。お金かねは明日あしたでいいかって」
 そう言いって背せを向むけようとすると、カナヲの手てがアオイの頭あたまの上うえに伸のびてきた。
 どこかぎこちなく、アオイの頭あたまを撫なでる。
 それは、少女しょうじょらしいやわらかな手てではなかった。鍛きたえ抜ぬかれ、皮膚ひふの分厚ぶあつくなった少女しょうじょの手て――戦たたかって誰だれかを守まもってきたその手てに、アオイの涙なみだが止とまる。
「カナヲ……」

140

 アオイが戸惑とまどった声こえでその名なを呼よぶと、少女しょうじょは少すこしだけ微笑ほほえみ、アオイの手てを取とった。
『行いこう』でも、『大丈夫だいじょうぶ?』でもなく、カナヲが歩あるきだす。
 アオイは無言むごんで自分じぶんの手てを引ひく少女しょうじょに尋たずねた。
「蝶ちょう屋や敷しきに戻もどるの?」
「…………」
 カナヲは何なにも言いわない。そうだとも、違ちがうとも。
「でも、こっちって屋敷やしきに戻もどる方向ほうこうじゃ――――それに、まだ薬やく種しゅが」
 アオイが躊躇ためらいながら、徐々じょじょに遠とおくなっていく店みせを肩かたごしに振ふり返かえる。だが、アオイの言葉ことばが届とどいていないように、カナヲはどんどん歩あるいていく。
 こういうところは、やはりわけのわからない子こだと、アオイは半なかばあきらめの気き持もちで嘆息たんそくする。
 しばらく歩あるいたところで、不ふ意いにカナヲの足あしが止とまった。
 往来おうらいに鈴すずなりの人ひとだかりができていた。
「? 何なに、これ?」
 アオイが目めを凝こらす。どうやら、酒さか問屋どんやの前まえで何なにかをやっているようだった。
 何なにかの見み世せ物ものだろうか?
 そんなことをぼんやり考かんがえていると、近ちかくに立たっていた上品じょうひんな装よそおいの老女ろうじょが、

141

「おや、可愛かわいらしい娘むすめさんたちだね。よかったら、覗のぞいておいきよ」
 と言いい、半なかば強引ごういんに二ふた人りの袖そでを引ひいた。
「いえ、私わたしたちは――」
「よく見みりゃ、どこかで見みた顔かおじゃないか。遠慮えんりょせずに見みておいき。菓か子し組ぐみがなかなかの接戦せっせんだよ」
 なりゆき上じょう、仕方しかたなく見物けんぶつ人にんたちの間あいだから店先みせさきを覗のぞくと、数人すうにんの男女だんじょが大食おおぐいを競きそい合あっていた。大酒たいしゅ大食たいしょくの会かいといえば、江戸えどの頃ころには盛さかんだったらしいが、最近さいきんでは、とんと目めにしなくなった大衆たいしゅう娯楽ごらくだ。
 饅頭まんじゅう四よん十じゅう五ご個こ、羊羹ようかん七なな棹さお、鴬うぐいす餅もち七なな十じゅっ個こ、沢庵たくあん四本よんほんという、信しんじられない声こえが飛とび交かい、アオイは耳みみを疑うたがった。
 とりわけ、中央ちゅうおうに陣取じんどった力士りきしの食欲しょくよくが凄すさまじく、羊羹ようかん一棹ひとさおを一瞬いっしゅんの内うちに平たいらげ、饅頭まんじゅうを次々つぎつぎと飲のみこんでいく。
 見みているだけでも胸むね焼やけしそうだったが、アオイはそれ以上いじょうに、カナヲの反応はんのうが気きになった。
 カナヲ本人ほんにんから聞きいたわけではないが、カナヲは貧まずしさから実じつの親おやに女衒ぜげんに売うられたそうだ。そこをしのぶと、今いまは亡なきしのぶの姉あねに救すくわれ、鬼おに狩がりとして育そだてられた。
 そんな彼女かのじょが、これを見みてどう思おもうか心配しんぱいだった。

142

「カナヲ……?」
 恐おそる恐おそるとなりのカナヲを見みると、少女しょうじょはいつもと同おなじ、感情かんじょうがあってないような表情ひょうじょうで、虚うつろに見世みせ物ものを見みつめていた。
 飢うえているわけでもなく、生いきる為ためでもなく、娯楽ごらくの為ために大量たいりょうの食糧しょくりょうが消費しょうひされていく。
 それを見みつめる少女しょうじょの横顔よこがおに、アオイはどうしてか、堪たまらない気き持もちになった。
「行いこう」
 と、今度こんどはアオイがカナヲの手てを引ひく。
 ぎゅっとそれを握にぎると、カナヲは無言むごんでアオイを見みた。不思議ふしぎそうな顔かおをしていた。
 そのまま、立たち去さろうとすると――。
 人々ひとびとの間あいだから悲鳴ひめいがもれた。
「!?」
 振ふり返かえると、件くだんの力士りきしが地面じめんに倒たおれていた。手てから零こぼれ落おちた饅頭まんじゅうが地面じめんに転ころがっている。
「う…………っう……うぅ……う、っ…………」
 若わかい力士りきしは土つち気け色いろの顔かおで、しばらくうめいていたが、ほどなく白しろ目めを剥むいて意識いしきを失うしなった。口くちから大量たいりょうの泡あわを吹ふいている。見物けんぶつ人にんたちから再ふたたび、悲鳴ひめいがもれる。

「な、なんだあぁ? 喉のどに饅頭まんじゅうがつまったのか?」

143

「オイ、口くちをこじ開あけろ!」
「水みずでも飲のませるか?」

 男おとこたちの声こえが聞きこえてきた。
 どうやら、見当けんとう違ちがいな処方しょほうを施ほどこそうとしている。
 いけない――――そう思おもった瞬間しゅんかん、身体からだが動うごいていた。
「すみません! すみません……通とおしてください!! 通とおして……!」
 無む理りやり人垣ひとがきの中央ちゅうおうに出でる。
 力士りきしの横よこに跪ひざまずき、呼吸こきゅう、脈拍みゃくはく、瞳孔どうこう、口内こうない、腹部ふくぶの音おとなど順じゅんを追おって調しらべる。アオイの顔かおから血ちの気けが失うせていく。
(やっぱりだわ……これは、喉のどに物ものを詰つまらせたような単純たんじゅんな状態じょうたいじゃない)
 はっきり言いって、かなり危険きけんな状況じょうきょうだ。とはいえ、仮かりにここにしのぶがいれば、どうにか出来できるだろう。
 だが、今いま、ここにいるのは自分じぶんだけだ。
 自分じぶんに出来できるだろうか? 他人たにんの命いのちを預あずかることが。鬼おにともまともに対峙たいじ出で来きないような自分じぶんに……。
(でも、やらなきゃ、この人ひとは――)

144

 アオイはぐっと唇くちびるを嚙かみしめると、医学いがく書しょに書かかれたこういう場合ばあいの応急おうきゅう処置しょちの方法ほうほう、手順てじゅんを思おもい出だした。一度いちど、大おおきく深呼吸しんこきゅうし、周囲しゅういの見物けんぶつ人にんに向むけ、
「この方かたは、直ただちに処置しょちを行おこなわないと危険きけんです。どなたか、近ちかくのお医者いしゃ様さまを呼よびに行いってください!!」
 近ちかくにいた男おとこが「お、おうよ! 俺おれが行いってくらぁ」と叫さけんで、駆かけ出だして行いった。
 続つづいて、アオイがとなりのカナヲを見みやる。
「カナヲ、お店みせの人ひとに言いって、今いまから私わたしが言いうものをもらって来きて」
 逸はやる気き持もちのまま、治療ちりょうに最低限さいていげん必要ひつようなものを伝つたえる。伝つたえた後あとで、思おもい出だした。これではカナヲは動うごけない。
「銅貨どうかを――」
 振ふり返かえるアオイの視界しかいに、すでに店みせの中なかへと走はしりだすカナヲの背中せなかが見みえた。
「……――」
 上司じょうしであるしのぶの命令めいれいがあったわけでもなく、銅貨どうかを投なげて決きめたわけでもなく、カナヲはアオイの頼たのみを聞きき入いれてくれたのだ。
 それに戸惑とまどいと感動かんどうを覚おぼえながら、アオイが患者かんじゃへと向むき直なおる。
 すると、見物けんぶつ人にんたちの奥おくから「オイオイ」という声こえがもれ、一見いっけんして堅気かたぎではないとわかる若わかい男おとこが懐ふところ手でで現あらわれた。

145

「なんなんだよ、お嬢じょうちゃん? 俺おれはなあ、この力士りきしに結構けっこうな額がくを賭かけてんだよ。喉のどに詰つまったもんを吐はかせりゃあ、まだやれんだろ? 御ご大たい層そうなこと言いって、勝負しょうぶの邪魔じゃますんじゃねえぞ。コラ」
 すごんだ息いきがぷんと酒さけ臭くさい。
 大方おおかた、仲間なかま内うちで賭かけ事ごとでもしていたのだろう。折せっ角かくの勝負しょうぶを中断ちゅうだんされてしまったのが気きに食くわないのか、力士りきしに向むかって腕うでをのばしてくる。アオイはキッとなって、その手てをバシッと叩たたいた。
「聞きこえなかったのですか? この方かたはすぐに処置しょちしないと、命いのちが危あぶないんですよ?」
「ああ?」
「治療ちりょうの邪魔じゃまです。下さがりなさい」
「なんだと、この女アマ――」
 顔色かおいろを変かえた男おとこがつかみかかってくる。
 アオイはすっと身みをかわすと、男おとこの腕うでをつかんで投なげ飛とばした。 隊たい士しとしては出で来き損そこないでも、あの地獄じごくの修練しゅうれんに耐たえた身みだ。こんな男おとこ程度ていど、なんでもない。
「下さがれと言いったはずですよ」
「…………こ、このっ……」

146

「ご理解りかいいただけないのでしたら、次つぎはその腕うでを折おります」
 両りょう目めを細ほそめ、ひんやりと告つげると、男おとこはごくりと唾つばを飲のみこんだ。
 脅おどしが効きいたのか、男おとこは口くち汚ぎたなく罵ののしりはしたものの、「覚おぼえていやがれ!!」というお決きまりの台詞せりふを残のこして立たち去さった。にわかに盛もり上あがる見物けんぶつ人にんたちに、
「皆みなさんも、どうかお静しずかに願ねがいます」
 そう釘くぎを刺さすと、アオイは力士りきしの身体からだの向むきを変かえた。
 続つづいて、気道きどうを確保かくほしたところで、カナヲが必要ひつようなものすべてを持もって、こちらに駆かけてくるのが見みえた……。

挿絵

「この娘むすめさんらがいなかったら、この相撲すもう取とりは死しんどったかもしらんわ」

 ――その後ご、ようやく駆かけつけた老ろう医者いしゃの言葉ことばに、未いまだ残のこっていた見物けんぶつ人にんの間あいだからわっと歓声かんせいがもれる。やったな、よくやった、という声こえがあちこちで聞きこえる。
「はあ~、大たいしたもんだねえ。アンタら」
 先刻さっき、二ふた人りに声こえをかけてきた老女ろうじょもその内うちの一人ひとりで、惚ほれ惚ぼれとした表情ひょうじょうでそう言いうと、会かいの主催しゅさい者しゃであるという酒さか問屋どんやの主人しゅじんの太ふとった肩かたをペシッと叩たたいた。

147

「ホラ、芳太郎よしたろうさん。お嬢じょうさん方がたに何なにかお礼れいをしな。万一まんいち、死し人にんでも出でてたら、今頃いまごろ、大おお騒動そうどうだよ? 精々せいぜい、奮発ふんぱつおしよ」
「わかってますよ。まったく、おかよさんには敵かなわない。この度たびは、本当ほんとうにありがとうございました。ほんの心こころばかりの品しなではございますが……」
 老女ろうじょと主人しゅじんはどうやら知しり合あいらしく、礼れいの言葉ことばと共ともに主人しゅじんが差さし出だしてきたのは、なんと、酒さけ一ひと樽たると米俵こめだわら一いっ俵ぴょうだった。
「どうぞ、お納おさめください」
「…………」
 優勝ゆうしょう者しゃに贈おくられるはずであっただろうそれらは、少すくなくとも『ほんの』と言いうような量りょうではないし、簡単かんたんに『お納おさめ』できるものでもなかった。
 だが、もともと買かう予定よていだったお酒さけはありがたかったし、お米こめも売うればお金かねになる。それで薬やく種しゅと、さらしを買かうことが出来できると思おもえば、重おもさなど大たいした問題もんだいではない。
 カナヲは悠々ゆうゆうと、アオイはよろよろとした足取あしどりではあったが、二ふた人りで分わけて背せ負おった。
 再ふたたび、カナヲが先さきだって歩あるきだす。
 やっぱり、屋敷やしきに帰かえる道みちとは逆ぎゃくだ。
 何なにを考かんがえているのだろう、と不審ふしんに思おもいながらも、

148

(そうだ……お礼れい。カナヲに、お礼れいを言いわなきゃ)
 と俄にわかに思おもい出だす。
 音おと柱ばしらの一いっ件けんのこともだが、先程さきほどのこともだ。
 カナヲがアオイの頼たのみを聞きき入いれ、迅速じんそくに動うごいてくれたからこそ、あの力士りきしを助たすけられたのだ。自分じぶん一人ひとりでは難むずかしかった。
「――あ、あの……ねえ、カナヲ?」
 米俵こめだわらを背負せおった背中せなかに声こえをかける。
「…………」
 カナヲが足あしを止とめ、肩かたごしに振ふり返かえった。
「えっと……その」
「…………」
 カナヲがアオイの次つぎの言葉ことばを待まつように、こちらを見みつめている。
 言いわなければ、と思おもう。
 だが、改あらためて礼れいを口くちにしようとすると、妙みょうに照てれくさい。
 アオイが上手うまい言葉ことばを探さがしていると、突如とつじょ、耳みみを劈つんざくような怒ど声せいが聞きこえた。

「このアマ、殺やるなら殺やれえぇぇ!!」

149

「言いわれなくったって、殺ころしてやるよ! このろくでなしの穀ごく潰つぶしがっ!!」

「!?」

 咄嗟とっさに身みを強張こわばらせる。
 続つづいて物ものが派手はでに割われる音おとが響ひびきわたった。子供こどもの泣なき声ごえも聞きこえる。
「な、何なに? 何事なにごと?」「…………」
 辺あたりを見みまわすアオイに、カナヲがすっと指ゆびを宙ちゅうに浮うかせた。その先さきには、表具ひょうぐ屋やの裏うら店だながある。
 あそこから聞きこえた、ということだろう。
 狭せまい路ろ地じを入はいると、間口まぐち九きゅう尺しゃくほどの長屋ながやになっていた。いわゆる棟むね割わり長屋ながやだ。その一ひとつの障子しょうじが半はん開びらきになっていて、割われたお椀わんや湯呑ゆのみが家いえの外そとにまで散乱さんらんしている。アオイがごくりと唾つばを飲のみこむ。
「――ごめんください。大丈夫だいじょうぶですか?」
 声こえをかけた途端とたん、ひょろりと背せの高たかい男おとこが、転ころげるように飛とび出だしてきた。それを追おいかけるように、乳ち飲のみ子ごを背せ負おった女おんなが出でてくる。
 その手てに握にぎられているものを見みて、アオイはギョッとした。

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 女おんなは鈍にぶく光ひかる出刃でば包丁ぼうちょうを握にぎりしめていたのだ。
 薄暗うすぐらい屋内おくないから、子供こどもたちの泣なき声ごえが聞きこえてくる。
「今日きょうと言いう今日きょうは、堪忍かんにん袋ぶくろの緒おが切きれた……コイツで切きり刻きざんでやる!! この表ひょう六ろく亭主ていしゅ!」
「やれるもんならやってみろってんだ! このデブオカメ!!」
「なんだって!? もう一遍いっぺん、言いってみな!!」
「おう! 何なん度どでも言いってやらあ!! この百ひゃっ貫かんオカメ!!」
 夫おっとの暴言ぼうげんに激怒げきどした女おんなが、丸太まるたのような腕うでで亭主ていしゅの襟えりをギリギリと締しめ上あげる。亭主ていしゅが堪たまらず断末魔だんまつまの声こえを上あげたところで、呆然ぼうぜんと突つっ立たっていたアオイが、我われに返かえった。
「やめてください!! 本当ほんとうに死しんでしまいますよ!?」
「止とめないどくれ!! アンタにゃあ、関係かんけいないだろ!?」
 女おんなが血ち走ばしった眼まなこでこちらを睨にらみつけてくる。
 その勢いきおいにもひるまず両者りょうしゃを引ひき離はなし、アオイが問といかける。「何なにをそんなに怒おこってらっしゃるんですか?」
「このろくでなしが、稼かせぎの全部ぜんぶを酒さけと博打ばくちに注つぎこんじまったのさ!! 米櫃こめびつは空からっぽ! 貯たくわえもありゃあしない! このままじゃ、あっという間まに一家いっかで飢うえ死じにだよ!!」
 女房にょうぼうは一気いっきにそう捲まくし立たてると、亭主ていしゅを放ほうり出だし、その場ばにうずくまってさめざめと泣なきき始はじめた。

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 かさついた唇くちびるの端はしからもれるそれは、ウオオオウオオオと、まるで獣けものの咆哮ほうこうだった。
「……お、お美み津つ」さすがに、亭主ていしゅが女房にょうぼうを案あんじる顔かおになる。「す……すまねえ。堪忍かんにんしてくれ」
 この通とおりだ、と地面じめんに頭あたまをこすりつける。
 そこに、長屋ながやの中なかから幼おさない少女しょうじょの手てを引ひいた少年しょうねんが出でてきた。七ななつと五いつつぐらいだろうか? 少女しょうじょは泣ないており、兄あには必死ひっしに涙なみだを堪こらえていた。
 母かあちゃん、泣なかないでと、懸命けんめいに母親ははおやを慰なぐさめる。
「オレ、一生懸命いっしょうけんめい働はたらくから!!」
 意志いしの強つよそうな少年しょうねんのやさしい面おも立だちが、某ぼう隊たい士しのそれと重かさなる。
「だから、泣なかないで! 俺おれが大おおきくなったら、いっぱい働はたらいて、偉えらくなって、きっと母かあちゃんやみんなに楽らくさせてやるから!!」
 少年しょうねんの健気けなげな言葉ことばに、アオイがカナヲにそっと目配めくばせする。
 だが、カナヲは気きづかない。両りょう目めを細ほそめ、泣なきじゃくる一家いっかを見みつめている。それは、ひどく遠とおい――二に度どと手てに入はいることのないものを見みつめる時ときのような眼差まなざしだった。
「カナヲ」
 そっと声こえをかける。お米こめを、と言いうと、カナヲはようやくアオイの意図いとに気きづいたように小ちいさく肯うなずいた。背せ負おっていた米俵こめだわらをすとんと下おろす。
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「よろしければ、使つかってください」
 そうアオイが言いうと、夫婦ふうふがびっくりしたように顔かおを上あげた。
「これだけあれば、しばらくはもちます。お米こめなら、売うってお金かねにすることも出で来きますし」
「!? 本当ほんとうか、嬢じょうちゃん――いや、本当ほんとうでございますか!? お嬢じょうさん」
「でも、そんなわけには……」
「約束やくそくしてください。そのお米こめを売うったお金かねは、酒さけや賭かけ事ごとには決けっして使つかわない、と」
「へ、へえ!! そらあ、もう!!!」
 拝おがむような恰好かっこうで、亭主ていしゅが請うけ合あう。
「生うまれ変かわった気き持もちで、一いちから出で直なおします!! 女房にょうぼう子供こどもを苦くるしませるような真ま似ねは、金輪際こんりんざいいたしません!!」
「――――では」
 肯うなずいて、アオイが踵きびすを返かえす。
 そのまま路ろ地じを出でようとすると、
「なんだって、アンタら、見みず知しらずの私わたしたちなんかの為ために……?」
 女房にょうぼうの声こえが追おってきた。
 アオイは少すこし迷まよった。なんと答こたえればいいのか、わからなかったのだ。

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 ただ、親思おやおもいの少年しょうねんを助たすけてやりたかった。
 貧まずしさの中なかにあっても、子供こどもを売うることを微塵みじんも考かんがえず、一家いっかで飢うえ死じぬことを選えらぶ母親ははおやを助たすけてやりたかった。
 それだけだ……。

 ただ、『助たすけてやる』というのは何なにか違ちがう気きがした。ひどく傲慢ごうまんな言いい方かたに感かんじたのだ。 結局けっきょく、何なにも告つげず裏うら店だなを後あとにする。
 ――すると、

「お姉ねえちゃんたち、待まって――――っ!!」

 少年しょうねんが妹いもうとの手てを引ひいて追おってきた。
「ありがとう……ありがとうございます!!」
 そう言いって、少年しょうねんは深々ふかぶかと頭あたまを下さげた。妹いもうとも兄あにを真似まねしてペコリと頭あたまを下さげる。
「これ、とうちゃんの売うり物ものだけど――」
 少年しょうねんが懐ふところを探さぐり、風車かざぐるまを差さしだす。お礼れいにくれるということなのだろうが、アオイは一瞬いっしゅん、受うけ取とることを躊躇ためらってしまった。

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 彼かれらの家いえの内情ないじょうを考かんがえれば、たかが風車かざぐるま一ひとつと思おもえない。売うれば、お金かねになる。
 だが、アオイが躊躇ちゅうちょしていると、カナヲの手てが少年しょうねんから風車かざぐるまを受うけ取とった。銅貨どうかを投なげたわけではない。
 けれど、躊躇ためらいのない極ごく自然しぜんな動作どうさだった。
 カナヲが小ちいさな声こえで、
「――ありがとう」
 と言いうと、少年しょうねんはひどくうれしそうな顔かおで笑わらった。
 心こころの底そこから晴はれやかな笑顔えがおだった。
「…………」
 アオイが胸むねをつかれていると、少年しょうねんは妹いもうとの手てを引ひき、何度なんども礼れいを言いいながら、父ちちと母ははの元もとへ戻もどっていった。
 残のこされたアオイがカナヲを見みつめると、カナヲは手ての中なかの風車かざぐるまにふっと息いきを吹ふきかけていた。赤あかい風車かざぐるまがくるくるまわる。
「……――どうして?」
 と尋たずねる。

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 どうして、そんなに素直すなおに受うけ取とれたの?
 なんで、銅貨どうかを投なげなかったの……?

 カナヲはしばらく、くるくるとまわる風車かざぐるまを見みつめていたが、やがて、ポツリと言いった。
「これは、あの子この……精一杯せいいっぱいの気き持もちだったから」
「!!」
「受うけ取とらないと、あの子こが傷きずつく……」
「…………」
 アオイは両りょう目めを瞠みはったままカナヲを見みつめた。
 ひどく胸むねが詰つまって、言葉ことばが出でてこなかった。
 同時どうじに、自分じぶんのどうしようもない愚おろかさが恥はずかしかった。
 助たすけるという表現ひょうげんが傲慢ごうまんだと言いいながら、少年しょうねんから礼れいを受うけ取とることを咄嗟とっさに躊躇ためらってしまった。
 胸むねの中なかに、彼かれらの貧まずしい境遇きょうぐうに対たいする同情どうじょうがあったゆえだろう。
 だが、少年しょうねんの礼れいを受うけ取とらなければ、自分じぶんたちの行為こういは完全かんぜんな〝施ほどこし〟になってしまう。〝施ほどこし〟を甘あまんじて受うけ入いれることを、少年しょうねんはよしとしなかった。
 それをカナヲはわかっていたからこそ、なんの躊躇ためらいもなく受うけ取とったのだ。

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(それに引ひきかえ、私わたしは――――)
 とんでもなく中途ちゅうと半端はんぱな偽善ぎぜん者しゃだ。
 アオイが自己じこ嫌悪けんおから項垂うなだれていると、カナヲが『行いこう』というように、身み振ぶりで促うながしてきた。
 アオイは悄然しょうぜんとカナヲに続つづいた。
 蝶ちょう屋や敷しきへ向むかう道みちではなかったが、もうどうでもよかった。
 しばらくカナヲに従したがって歩あるくと、赤あかい野点のだて傘がさが見みえた。
 茶屋ちゃやだ、とぼんやり思おもう。
 カナヲは茶屋ちゃやの前まえでキョロキョロと誰だれかを探さがす仕草しぐさをすると、茶屋ちゃやの主人しゅじんとおぼしき老人ろうじんに、何なにやら小声こごえで尋たずねていた。
「カンロジ? ああ、蜜璃みつりちゃんか。今日きょうは来きてねえなあ」
 そう答こたえられ、ひどくがっかりしている。
(蜜璃みつりちゃん……?)
 しのぶとも親交しんこうのある恋こい柱ばしら・甘露寺かんろじ蜜璃みつりのことだろう。
 そう言いえば、この近辺きんぺんに蜜璃みつり行いきつけの茶屋ちゃやがあると聞きいたことがある。なんでも、三さん色しょく団子だんごがとびきり美味おいしいのだそうだ。
(どうして、カナヲが恋こい柱ばしら様さまを……? しのぶ様さまからの伝言でんごんでもあったのかしら?)

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 だから、薬やく種しゅ問屋どんやから出でてすぐに、ここへ向むかったのだろうか――?
 だが、そんな用事ようじがあれば、アオイにも知しらされているはずだ。
 そこまで考かんがえたところで、
(あ……――)
 と口元くちもとを手てで覆おおう。
 思おもい当あたることなら、一ひとつだけある。
「まさか、恋こい柱ばしら様さまにお金かねを借かりるつもりだったの?」
「…………」
 カナヲは少すこし躊躇ためらった後あとで、小ちいさく、うん、と言いった。
「アオイが、困こまってたから」
「…………」
「もしかしたら、と思おもって――全然ぜんぜん、役やくに立たてなかったけど」
「…………」
 アオイの頬ほおを生なま温あたたかい雫しずくが伝つたった。
 あれほど我慢がまんしていた涙なみだが、ボロボロと零こぼれていく。
 びっくりした様子ようすでアオイを見みつめていたカナヲが、やがてオロオロとアオイの肩かたに手てを伸のばしてきた。

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「…………ありがと」
 かすれた声こえでつぶやくと、胸むねの奥おくがふっと楽らくになった。
「今日きょう一日いちにち、色々いろいろ助たすけてくれて……音おと柱ばしら様さまに連つれて行いかれそうになった時とき、手てを握にぎってくれて……離はなさないでいてくれて」
 ありがとう、と言いうとカナヲは困こまったような顔かおで、少すこし照てれたように下したを向むいてしまった。
 ようやく伝つたえることができた。
 そう思おもっていると、
「私わたし一人ひとりだったら」
 カナヲが小ちいさくつぶやいた。
「力士りきしの人ひとが倒たおれた時ときも、夫婦ふうふ喧嘩げんかの時ときも、どうすればいいかわからなかった」
「カナヲ……」
 アオイが再ふたたび目めを潤うるませる。
「いつから……銅貨どうかを投なげなくても、決きめられるようになったの?」
 そう尋たずねると、カナヲはしばらく黙だまっていたが、
「炭たん治じ郎ろうが――」
 と思おもいがけない人ひとの名なをつぶやいた。
「言いってくれたの。心こころのままに生いきろ、頑張がんばれって……だから」

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(――ああ……そうか)
 カナヲの白しろい頬ほおが赤あかく染そまっているのを見みて、アオイはひどく納得なっとくした。
 アオイを根ね深ぶかい劣等れっとう感かんや罪悪ざいあく感かんから解放かいほうしてくれたように、その言葉ことばがカナヲを変かえたのだ。
 あのお日ひさまのような少年しょうねんの言葉ことばが、人形にんぎょうのような少女しょうじょを人間にんげんに変かえたのだ――。
 だから、今いまのカナヲは、こんなにもやわらかい、穏おだやかな表情ひょうじょうが出来できるのだろう。
「…………」
 アオイは様々さまざまな想おもいを込こめてカナヲを見みつめた。
 泣なきたいくらいあたたかな気き持もちと、少年しょうねんの言葉ことばが自分じぶんにだけ向むけられたわけではないのだとわかったことへのかすかな淋さびしさ。そして、何なにか二ふた人りだけに通つうじる想おもいを共有きょうゆうしたかのような、子供こどもじみた喜よろこびとが、綯ない交まぜになる――。
 今いままで一緒いっしょに暮くらしながら、どこか遠とおくに感かんじていた少女しょうじょが、ひどく身近みぢかに感かんじられた。
 すぐそばに、カナヲがいる。
 アオイが黙だまって少女しょうじょの赤あかく染そまった頬ほおを見みつめていると、
「――ホラよ。食たべな」
 と年とし老おいた亭主ていしゅがお茶ちゃと三さん色しょく団子だんごを持もってきてくれた。
 二ふた人りの脇わきにある縁台えんだいにお盆ぼんごと置おいて、そのまま去さろうとしたので、

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「え? いえ……私わたしたちは――」
 持もち合あわせがないのだと、正直しょうじきに打うち明あけると、老人ろうじんは、
「金かねなんざ取とらねえよ」
 と言いってほろ苦にがく笑わらった。
「アンタら蜜璃みつりちゃんのお仲間なかまなんだろ? 鬼殺きさつ隊たいだっけ?」
「? え……あ、はい」
「俺おれの娘むすめがよぉ、鬼おにに襲おそわれた時とき、蜜璃みつりちゃんが助たすけてくれたんだ。言いうなりゃあ、命いのちの恩人おんじんだよ」
「…………」
「キツイ仕事しごとだろうが、頑張がんばってくれよ。でも、無茶むちゃだけはすんなよ?」
 そう言いって店主てんしゅは茶店ちゃみせの中なかに戻もどって行いった。
「……――」
 老ろう店主てんしゅの曲まがった背中せなかと、湯気ゆげの立たったお茶ちゃを交互こうごに見みつめる。
 飾かざらない労いたわりの言葉ことばに、やさしい眼差まなざしに、胸むねの奥おくがほんのりとあたたかい――。
 昔むかしの自分じぶんであれば、
『でしたら、私わたしはそんなものをいただくわけにはいきません。私わたしは戦たたかいの場ばにすら行いけぬ、腰抜こしぬけなので』

161

挿絵

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 などと、卑屈ひくつなことを口くちにしただろう。 だが、今いまはそんな気き持もちにはならなかった。
 鬼殺きさつ隊たいの一いち隊たい士しとして、隊たいを理解りかいし、感謝かんしゃしてくれている人ひとがいることが、無性むしょうにうれしかった。
 小ちいさく鼻はなを啜すすったアオイが、
「ありがたく食たべよう? カナヲ」
 そう言いって笑わらいかけると、カナヲもかすかに微笑ほほえんだ顔かおで、こくりと肯うなずいた。

 恋こい柱ばしらオススメの三さん色しょく団子だんごはさすがに美味おいしくて、少すこしだけしょっぱかった……。

挿絵

 茶屋ちゃやを出でると、西にしの空そらが赤々あかあかと染そまっていた。
 カナヲと二ふた人り、連つれ立だって、暮くれゆく町まちを歩あるく。
 細長ほそながい影かげが二ふたつ、足元あしもとから伸のびている。
 蝶ちょう屋や敷しきに戻もどったら、まず薬やく種しゅを買かうことが出で来きなかったことを詫わび、明日あす一いち番ばんで買かいに来こよう。そんなことを考かんがえながら帰き路ろに着つく。

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 すると、町外まちはずれまできたところで、背後はいごから誰だれかが駆かけ寄よってくる気配けはいがした。
「ちょっと……アンタたち! そう、アンタたちだよ!! 待まっとくれえ!!」
「?」
 振ふり返かえると、薬やく種しゅ問屋どんやの主人しゅじんの萎しなびた茄子なすのような顔かおがあった。
「ハァハァ……ああ、よかった」
 と肩かたで息いきをしている。
 主人しゅじんの呼吸こきゅうが落おちつくのを待まった上うえで、
「? どうかしたんですか?」
 と、アオイが尋たずねる。
 主人しゅじんはなんともバツの悪わるそうな笑えみを浮うかべ、
「昼間ひるまは本当ほんとうに悪わるかったね」
 そう言いうと、先程さきほど、アオイが買かおうとした薬やく種しゅを包つつんだ風ふ呂ろ敷しきをわたしてくれた。
「払はらいは、いつでもいいよ」
「え? でも……」
 主人しゅじんの急きゅうな心変こころがわりに、アオイが眉まゆをひそめる。カナヲも不思議ふしぎそうな顔かおで主人しゅじんを見みつめていた。

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 どういう風かぜの吹ふきまわしかと、喜よろこびよりも訝いぶかしさが顔かおに出でていたのだろう――主人しゅじんは気き恥はずかしげに肩かたを竦すくめると、

「実じつはねえ――――」

 周囲しゅういをはばかるように声こえを落おとした――。

挿絵

「つまり、大食おおぐい会かいで出で会あったご隠居いんきょが、薬やく種しゅ問屋どんやのご母堂ぼどう様さまだったんですね?」
「はい」

 本日ほんじつのことを伝つたえ終おえたアオイにしのぶが面白おもしろそうに尋たずねてくる。
 アオイが首肯しゅこうすると、
「そんなこともあるんですねえ」
 と感心かんしんしたように肯うなずいた。

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 薬やく種しゅ問屋どんやの隠居いんきょは、何度なんどか店先みせさきでしのぶやカナヲ、あるいはアオイを見みかけたことがあったそうだ。いくら洋装ようそうがそこまで珍めずらしくなくなったとはいえ、鬼殺きさつ隊たいの隊たい服ふくは特徴とくちょうがある。そんなこともあり、印象いんしょうに残のこったのだろう。
 店みせに帰かえって思おもい出だしたところに、倅せがれから昼間ひるまの話はなしを聞きかされ激昂げきこうしたのだという。

『あんな好よい娘むすめさんたちを手てぶらで追おい返かえすなんて、お前まえの目めは節穴ふしあなかい!? 商あきないはねえ、利りだけ追おい求もとめりゃあいいわけじゃないんだよ! お前まえにもさんざ教おしえただろうが! ほら、さっさと探さがしてきな!! この馬ば鹿か息子むすこっ!』

 母親ははおやの鶴つるの一声ひとこえで、店主てんしゅは店みせを飛とび出だしたそうだ。

「それどころか、知しり合あいの木綿もめん問屋どんやに口くちを利きいてくださって、そちらも後あと払ばらいで買かうことが出来できたんです」
「あらあら」
 よっぽど、ご母堂ぼどうが怖こわいのですね、と笑わらった後あとで、
「お手柄てがらでしたね。アオイ」
 と褒ほめる。

166

 アオイは頭あたまが振ふり切きれるほど首くびを横よこに振ふった。冷ひや汗あせが吹ふき出だしてくる。
「と、とんでもありません! もとはといえば、私わたしがお財布さいふを忘わすれたからで……カナヲがいてくれたから、なんとかなっただけで――」
「カナヲもそんなことを言いっていましたよ」
「え……?」
「言いいたいことはちゃんと言いえましたか?」
「!?」
 驚おどろいたアオイが顔かおを上あげると、しのぶは眦まなじりをやさしくした。「――その様子ようすだと、言いえたようですね」
「……しのぶ様さま」
「悩なやむことは、決けっして無駄むだではありません。心こころを鍛きたえ、強つよくする為ためには必要ひつようなことです。――ですが、これだけはどうか、忘わすれないで欲ほしい。アオイもカナヲも、きよもすみもなほも、みんな私わたしの大事だいじな部下ぶかで、大切たいせつな家族かぞくなんです」
「……――」
 上官じょうかんのうつくしい笑顔えがおに、アオイはその場ばに両手りょうてをつくと、深ふかく頭あたまを下さげた。
 もしかすると、しのぶはアオイの中なかにあるカナヲへの複雑ふくざつな想おもいに気きづいていて、二ふた人りだけで買かい出だしに行いかせたのかもしれない。

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 様々さまざまな感情かんじょうがわき上あがってきて、胸むねがいっぱいになる。
 アオイはしばらく頭あたまを上あげられずにいた……。


 しのぶの部屋へやを出でると、外そとはすっかり暗くらくなっていた。
 格子こうし窓まどの障子しょうじ越ごしに、淡あわい月つき灯あかりが差さしこんでいる。
 買かってきた薬やく種しゅを棚たなにしまい、さらしを切きって包帯ほうたいを作つくっておかなければ……。そうだ、隊たい士し用ようの寝ね間ま着きや寝具しんぐも整ととのえておこう。
 善ぜん逸いつが、伊之助いのすけが、禰ね豆ず子こが、そして炭たん治じ郎ろうが――命懸いのちがけで鬼おにと戦たたかってくれている隊たい士したちが、いつ怪け我がをして戻もどってきてもいいように。
(私わたしだって鬼殺きさつ隊たいの隊員たいいんなんだから)
 ぐっと拳こぶしを握にぎりしめる。
 そんな風ふうに思おもえる自分じぶんに驚おどろいた。こんな晴はれやかな気分きぶんになれたのは、選別せんべつを生いき残のこって以来いらい、初はじめてかもしれない。
 いつか、生いき残のこったことへの負おい目めを抱いだかず、胸むねを張はって生いきられるようになるだろうか。
 自分じぶんを自分じぶんのまま好すきになれるだろうか……?

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 きっと、大丈夫だいじょうぶだと、言いってくれる声こえがした。誰だれの声こえなのか――炭たん治じ郎ろうのような気きもしたし、しのぶのような気きもしたし、カナヲのような気きもした。
 そこに、自然しぜんとカナヲの名前なまえが出でたことに、アオイが小ちいさく微笑ほほえむ。

「アオイさぁーん。静養せいようされている隊たい士しさんが、包帯ほうたいの固定こていについて尋たずねられていますが、どうしたらいいですかあ~!?」

 なほの困こまったような声こえが聞きこえてくる。
 アオイは真顔まがおに戻もどると、「今いま、行いきます」と応おうじ、駆かけるように病室びょうしつへと向むかった。

第だい5話わ 中高ちゅうこう一貫いっかん☆キメツ学がく園えん物もの語がたり!!

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挿絵

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 中高ちゅうこう一貫いっかんキメツ学園がくえん。
 キメツ町まちの住民じゅうみんたちから愛あいされる極ごく平凡へいぼんな学校がっこうだ。
 とりわけ進学しんがく校こうでもなければ、不良ふりょう校こうでもない。
 けれど、たった一ひとつ、普通ふつうと違ちがうところがあった。

 何な故ぜか、問題もんだい児じばかりが集あつまるのである。

挿絵

「風紀ふうき委員いいんを辞やめたい?」
「……ああ」

 昼ひる休やすみの校舎こうしゃ裏うらで友ともに切実せつじつな思おもいを打うち明あけた善ぜん逸いつは、しょんぼりと肯うなずく。
 今日きょうも今日きょうとて、この問題もんだい学園がくえんで朝あさの服装ふくそうチェックを行おこなった彼かれは、ボロ雑巾ぞうきんのようだった。

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 狼おおかみならぬ――猪いのししに育そだてられた少年しょうねんとしてメディアを賑にぎわせた嘴はし平びら伊い之の助すけ(シャツのボタン全開ぜんかい&素足すあし&弁当べんとう以外いがいの荷物にもつ無なし)やら、バレー部ぶ部長ぶちょうの朱す紗さ丸まる(常つねに鋼鉄こうてつの毬まりを所持しょじ)やら、最さい恐きょうギャルの梅うめ(不細工ぶさいく嫌ぎらい&改造かいぞう制服せいふく。しかも、エロイ)&その兄あに(極度きょくどのシスコン&ケンカが滅茶滅茶めちゃめちゃ強つよい)やらに受うけた理不尽りふじんな仕打しうちで、身みも心こころもズタボロである。
「もう、嫌いやなんだよ……もともと、やりたかったわけでもなくて、偶々たまたま学校がっこうを休やすんだ日ひに委員いいん会かい決ぎめがあっただけだし……」
 ぐすりと善ぜん逸いつが鼻はなをすする。
「俺おれがこの学園がくえんの風紀ふうき委員いいんなんて、所詮しょせん、ムリだったんだよ……」
 炭たん治じ郎ろうが両りょうの眉まゆ尻じりを思おもい切きり下さげた顔かおで、
「俺おれは、善ぜん逸いつは風紀ふうき委員いいんに合あってると思おもうけど」
 とフォローを入いれる。
「なんだかんだで、やさしいし。ホラ、この父とうさんの形見かたみのピアスだって、善ぜん逸いつがいたから見逃みのがしてもらえたわけだし――」
 そんな心こころやさしい友ともを、しかし善ぜん逸いつはキッと睨にらんだ。
「じゃあ、お前まえ、やれよ!? 俺おれの代かわりに風紀ふうき委員いいんやってくれよ!!」
「うーん……俺おれは、朝あさは実家じっかの手伝てつだいがあるし……」
 炭たん治じ郎ろうの実家じっかは人気にんきのパン屋やで、毎朝まいあさ、千せん個こほどのパンを焼やくのだ。だが、彼かれはパンよりもご飯はん派はで、毎日まいにち、純じゅん和風わふうの朝あさご飯はんを食たべてくることはあまり知しられていない。
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 余談よだんだが、彼かれの妹いもうと・竈かま門ど禰ね豆ず子こは大層たいそうな美び少女しょうじょな上うえ、常つねにフランスパンをくわえている為ため、
『竈かま門どさんと曲まがり角かどでぶつかれば、〝パンをくわえた美び少女しょうじょと曲まがり角かどでぶつかる〟というまるで少女しょうじょ漫画まんがみたいなシチュエーションが叶かなう……!』
 とささやかれているが、未いまだ夢ゆめを叶かなえた者ものはいない。
 彼女かのじょに熱烈ねつれつな思し慕ぼを(一方いっぽう的てきに)寄よせ、登下校とうげこう問とわず、電柱でんちゅうの陰かげで見守みまもっている某ぼう人物じんぶつのせいである。普段ふだんはヘタレな彼かれが、こと竈かま門ど禰ね豆ず子こに関かんすることでは、鬼おにのような強つよさを発揮はっきするのだ。
「なら、せめて、俺おれが風紀ふうき委員いいんを無事ぶじに辞やめられるよう手伝てつだえよ!?」
「普通ふつうに冨岡とみおか先生せんせいに言いうんじゃダメなのか?」
 炭たん治じ郎ろうの素朴そぼくな疑問ぎもんに、善ぜん逸いつがこれ以上いじょうないというほど嫌いやな顔かおをしてみせる。
「あの人ひとが素直すなおに聞きいてくれるわけないじゃん! 俺おれが『辞やめたい』って言いおうとする度たびに、『髪かみを黒くろくして来こいって言いっただろうが』とか無茶苦茶むちゃくちゃなこと言いって、ぶん殴なぐってくんだよ!? ほんと、なんなの? あの人ひと?」
 風紀ふうき委員いいん会かいの顧問こもんを務つとめる体育たいいく教師きょうし・冨岡とみおか義勇ぎゆうは、いつもむっつりと不ふ機嫌きげんで、しかも、口くちより先さきに手てが出でるため、炭たん治じ郎ろうや極ごく一部いちぶの生徒せいとを除のぞく、多おおくの生徒せいとから畏おそれられている。

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 彼かれへの対策たいさくで開ひらかれたPTA総会そうかいは数かず知しれず、最早もはや、ペアレンツ・ティーチャー・アソシエーションではなく、ペアレンツ・トミオカ・アソシエーションと化かしているとか……。
 もっとも、多分たぶんに天然てんねんなところのある本人ほんにんに、免職めんしょくの危き機き感かんは薄うすい。
 かつて、雨あめの日ひに拾ひろった仔こ猫ねこを飼かっているという、意い外がいに良よい人ひとなの?的てきな噂うわさが流ながれたことがあるが、真偽しんぎのほどは定さだかではなく、イメージアップにも、然さ程ほど、繋つながらなかった。
「それだって、冨岡とみおか先生せんせいを通とおさないわけには……」
「だ、か、ら、何度なんども言いってんだってば!!」
 苛立いらだった善ぜん逸いつが声こえを大おおきくする。
「何度なんども言いったんだけども、全然ぜんぜん、話はなしを聞きいてくれないの!! あの人ひと! 話はなす度たびに、ぶん殴なぐるの!! 話はなそうとしただけでも、ぶん殴なぐるの! ほんと、なんなの!? あの人ひと!! なんで、あんなのが教師きょうしなの!? 冨とみオエェ」
「善ぜん逸いつ!?」
 遂ついに、冨岡とみおかの名前なまえを口くちにするだけで、もどしそうになってしまった。最早もはや、冨岡とみおかアレルギーである。
 こんなにも己おのれの心こころの闇やみは深ふかかったのかと、善ぜん逸いつが愕然がくぜんとしていると、さすがにことの深刻しんこくさを理解りかいしたのか、炭たん治じ郎ろうが「――わかった」と肯うなずいた。
「こういうのはどうだ? 善ぜん逸いつ。冨岡とみおか先生せんせいの機嫌きげんがいい時ときに、言いいに行いこう。俺おれもついて行いくから」
174
「機嫌きげんのいい時とき? そんな時とき、あんの?」
 給料きゅうりょう日びだろうか?
 それとも、プレミアムフライデーだろうか?
 はたまた、デートの約束やくそくのある日ひだろうか?(そもそも、相手あいてがいるのか?)
 どちらにせよ、機嫌きげんのよい冨岡とみおかなど想像そうぞうできない。いや、想像そうぞうしたくない。
 善ぜん逸いつが己おのれの想像そうぞうにブルブル震ふるえていると、
「鮭さけ大根だいこんだ」
 炭たん治じ郎ろうがきっぱりと告つげた。
「は?」
「鮭さけ大根だいこんが好すきなんだ。冨岡とみおか先生せんせいは」
「何なに、それ? どうして、そんなこと知しってんだよ? お前まえ。怖こわくない?」
「実じつは、俺おれがこの学園がくえんに入はいる前まえから、義勇ぎゆうさん――冨岡とみおか先生せんせいはうちの常連じょうれんさんなんだ」
 そんなわけで、常連じょうれんさん同士どうしの会話かいわから偶々たまたま耳みみにしたそうだ。しかも、とある確実かくじつな筋すじからの情報じょうほうによると――。
「鮭さけ大根だいこんを食たべた時ときにだけ、ちょっとだけ笑わらうらしい」
「キモッ!! 笑わらうの!? あの人ひと、笑わらうんだ!?」

175

「……いいか? 善ぜん逸いつ」
 大袈裟おおげさに震ふるえてみせる善ぜん逸いつに、炭たん治じ郎ろうが辛抱強しんぼうづよく告つげる。「冨岡とみおか先生せんせいは毎日まいにち、学がく食しょくの本日ほんじつのお魚さかな定てい食しょくを食たべる。そして、今日きょうのメインは――」
「……まさか」
 ようやく真ま面じ目めな顔かおになった善ぜん逸いつが炭たん治じ郎ろうを見みつめる。友ともは力強ちからづよく肯うなずいてみせた。
「鮭さけ大根だいこんだ」
「! 炭たん治じ郎ろうおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 感かん極きわまった善ぜん逸いつがドヤ顔がおの炭たん治じ郎ろうに抱だきつく。滂沱ぼうだの涙なみだを流ながしつつ、
「さすがは心こころの友ともだ!!」
「痛いたい。善ぜん逸いつ」
「そうと決きまれば、早速さっそく、学がく食しょくに行いこうぜ!」
 善ぜん逸いつが友ともを急せき立たてた……。

 意気いき揚々ようようと学がく食しょくへ向むかうと、冨岡とみおかは窓際まどぎわの席せきに一人ひとりで座すわっていた。手前てまえのトレイには、本日ほんじつのお魚さかな定食ていしょくがのっている。
 二ふた人りの立たっている位置いちは丁度ちょうど、冨岡とみおかの斜ななめ後うしろなので、表情ひょうじょうまでは見みえないが、きっと見みたことのないほど幸福こうふくそうな彼かれの顔かおがあるはずだ。

176

 炭たん治じ郎ろうが無言むごんでこくりと肯うなずき、善ぜん逸いつもまた肯うなずき返かえす。
 冨岡とみおかのとなりまで歩あゆみ寄よった善ぜん逸いつが、
「冨岡とみおか先生せんせい! お話はなしがあります!!」
 なんとかゲロを吐はかないようにその名なを呼よぶと、冨岡とみおかが振ふり返かえった。
「我あが妻つま……」
「俺おれ、もう風紀ふうき委員いいんを辞やめ――」
「お前まえはいつになったら、髪かみを黒くろくしてくるんだ!!」
 善ぜん逸いつがみなまで告つげる前まえに、かつてない速はやさの右みぎストレートが、善ぜん逸いつの頬ほおへと決きまった。
 鮭さけ大根だいこんの幸福こうふく感かんが微み塵じんも感かんじられないパンチだった。それどころか、怨念おんねんすら感かんじさせる表情ひょうじょうで、
「風紀ふうき委員いいんがそれでは示しめしがつかない。今いますぐ、黒くろく染そめて来こい」
「…………」
 冷徹れいてつな教師きょうしの言葉ことばに、善ぜん逸いつが声こえもなくその場ばに崩くずれ落おちる。
(な、なんで……どうして…………だって、鮭さけ大根だいこんの日ひは笑わらうんじゃ……?)
 朦朧もうろうとする頭あたまで自問じもんする。
 そんな彼かれの視界しかいに、慌あわてて駆かけ寄よってくる友ともの姿すがたと、冨岡とみおかの食たべていたトレイが映うつった。

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 しかしながら、波なみの柄がらが描えがかれた瀬戸せと物ものの椀わんに入はいっているのは、鮭さけ大根だいこんではなく――――。

(ま……まさかの、鰤ぶり大根だいこん…………)

 そりゃねえよ、と胸むねの中なかに友ともへの恨うらみ事ごとを遺のこし、善ぜん逸いつは意識いしきを失うしなった……。

挿絵

「本当ほんとうにすまなかった!! 善ぜん逸いつ。この通とおりだ!」
「……いや……しようがねえよ」

 放課ほうか後ご、保健ほけん室しつに迎むかえにきた炭たん治じ郎ろうに深々ふかぶかと頭あたまを下さげられ、善ぜん逸いつはベッドの上うえで力ちからなく頭あたまを振ふった。
「鮭さけのいいのが入はいらなくて、急遽きゅうきょ、鰤ぶりに変かえたとか、別べつにお前まえのせいじゃないし……どっちかっていうと、俺おれの運うんの悪わるさのせいだしさ……アハハハハ」
「善ぜん逸いつ……」

178

 遠とおい目めで窓まどの外そとを見みる善ぜん逸いつに、友ともが痛いたましげに眉まゆを寄よせる。
 そして、あえて明あかるい表情ひょうじょうを作つくると、
「なあ。善ぜん逸いつ。あれから考かんがえたんだけど」
「うん?」
「冨岡とみおか先生せんせい以外いがいの先生せんせいに相談そうだんしないか?」
「と……う――あの人ひと以外いがいの先生せんせいって」
 危あやうく吐はきそうになった善ぜん逸いつが、慌あわてて言いいかえる。「例たとえば?」
「うーん」
 炭たん治じ郎ろうが頭あたまをひねらせる。
「美術びじゅつの宇髄うずい先生せんせいとか?」
「却下きゃっか!! 輩やから先生せんせいだけは却下きゃっか!! キライ! 俺おれ、あの人ひとすげえキライ!!」
「じゃあ、響凱きょうがい先生せんせい。音楽おんがくの」
「響凱きょうがい先生せんせいは、お前まえの顔かお見みただけで、気分きぶん悪わるくなっちゃうだろ!?」
「?」
 自分じぶんが想像そうぞうを絶ぜっする音痴おんちだと露つゆ程ほども知しらない炭たん治じ郎ろうは、不思議ふしぎそうに小首こくびを傾かしげると、再ふたたびうーんと悩なやみ、ぱっと表情ひょうじょうを明あかるくした。
「そうだ! 煉獄れんごく先生せんせいだ!」

179

「! それだ!!」
 叫さけんだ善ぜん逸いつが保健ほけん室しつのベッドから飛とび降おりる。
「煉獄れんごく先生せんせいなら、冨とみ――あの人ひとにも負まけないぐらいキャラが濃こいからな! わりと好いい人ひとだし!!」
 煉獄れんごく杏きょう寿じゅ郎ろうは、教育きょういく熱心ねっしんで歴史れきし愛あい、生徒せいと愛あいにあふれた歴史れきし教師きょうしだ。やや人ひとの話はなしを聞きかないところはあるものの、生徒せいとたちの人気にんきは高たかい。キメツ学園がくえん好すきな先生せんせいランキングではぶっちぎりの一いち位いだ。
 その中なかには、『袖そでまくりしたワイシャツの下したから伸のびた筋肉きんにく質しつな腕うでがたまらない』『先生せんせいのネクタイを留とめるピンになりたい』『ずっと、強つよく若々わかわかしいままでいてほしい……』などというややマニアックな意見いけんもあるとかないとか。
 その好こう青年せいねんぶりから、お見み合あい話ばなしを山やまのように持もちこまれ、断ことわるのが大変たいへんだそうだ。
「でも、この時間じかん、煉獄れんごく先生せんせいってどこにいるんだろう?」
「教員きょういん室しつとかじゃないか?」
「――煉獄れんごく先生せんせいなら、図書としょ室しつにいたぞ」
「!?」
 いきなり、隣となりのベッドから声こえが聞きこえてきて、善ぜん逸いつはその場ばで飛とび上あがりそうになった。
 ベッドの間あいだのカーテンが少すこしだけ開あいて、男子だんし生徒せいとの不ふ機嫌きげんそうな顔かおが覗のぞいた。

180

「あ……ど、どうも」と善ぜん逸いつがビビりつつ頭あたまを下さげる。
「すみません、うるさくしてしまって」炭たん治じ郎ろうが生き真ま面じ目めに謝あやまる。だが、男子だんし生徒せいとの不ふ機嫌きげんな表情ひょうじょうは変かわらない。
「わかったなら、早はやく出でて行いけ。俺おれは珠世たまよ先生せんせいのいらっしゃるこの保健ほけん室しつで、こうして一人ひとり、珠世たまよ先生せんせいの働はたらく気け配はいをカーテン越ごしに感かんじながら横よこになっている時間じかんを邪魔じゃまされるのが、一番いちばん嫌きらいなんだ!」
 憎々にくにくしげにそう言いうと、シャッとカーテンを閉しめた。
 それと前後ぜんごするように反対はんたい側がわのカーテンが開あき、校こう医いの珠世たまよ先生せんせいが顔かおを覗のぞかせた。
「――あら、我妻あがつま君くん。目めが覚さめたのね。よかったわ」
「は、はい。お陰様かげさまで」
「顔色かおいろはそれほど悪わるくないけれど、無理むりをせず、あと三さん十じゅっ分ぷんは横よこになっていきなさいね?」
 珠世たまよが慈いつくしみ深ぶかい顔かおでやさしく微笑ほほえむ。
 その途端とたん、真まっ白しろなカーテン越ごしに『早はやく帰かえれ』という怨念おんねんのようなものが伝つたわってきた。いっそ、殺意さついにも近ちかいそれに、
「も、もう、すっかりよくなったんで帰かえります!」
「ありがとうございました!!」
 二ふた人りは慌あわてて礼れいを言いうと、逃にげるように保健ほけん室しつを飛とび出だした。

181

 あれはきっと『保健ほけん室しつの主ぬし・愈ゆ史し郎ろう』だ。
 なんでも、教室きょうしつにいるよりも保健ほけん室しつにいる時間じかんの方ほうが圧倒あっとう的てきに長ながい彼かれは、たとえ重じゅう病びょう人にんであろうとも、保健ほけん室しつに近ちかづく人間にんげんを赦ゆるさないという。

 彼かれが何なん年ねん何なん組くみなのかも、何なん歳さいなのかも、本当ほんとうにキメツ学園がくえんの生徒せいとなのかも誰だれも知しらない……。

挿絵

 二ふた人りが図書としょ室しつの前まえに着つくと、丁度ちょうど、件くだんの教師きょうしが出でてきたところだった。

「煉獄れんごく先生せんせい――」
「おお、どうした! 俺おれに用事ようじか! 少年しょうねんたち!」

 人ひと好ずきのする明あかるい笑顔えがおで歴史れきし教師きょうしが答こたえる。
 その腕うでには、『目指めざせ!お弁当べんとう男子だんし』『激げきウマ弁当べんとう365日にち』『子供こどもがよろこぶ♥お弁当べんとう』という、なんとも突つっこみにくい題名だいめいの書物しょもつが抱かかえられていた。

182

「…………(お前まえ、聞きけよ!)」
「…………(いや、ここは善ぜん逸いつだろ?)」
 善ぜん逸いつと炭たん治じ郎ろうが無言むごんで互たがいを突つっつき合あう。
 しかし、二ふた人りの微妙びみょうな表情ひょうじょうに煉獄れんごくが気きづくことはない。決けっして無む神経しんけいというわけではないのだろうが、細こまかいことが苦手にがてというか、空気くうきを読よむ方ほうではないのだ。
 仕方しかたなく、炭たん治じ郎ろうが「――あの」と声こえを上あげた。
「先生せんせいは確たしか、ご実家じっかですよね? その……ご結婚けっこんは」
「ああ! 父上ちちうえと母上ははうえと弟おとうとと住すんでいる! 結婚けっこんはしていない! それがどうした! 竈かま門ど少しょう年ねん!」
「……ご自分じぶんで、お弁当べんとう、作つくってらっしゃるんですか?」
「ああ、これか」ようやく察さっしのいった煉獄れんごくが口元くちもとから真まっ白しろな歯はを覗のぞかす。「最近さいきん、母上ははうえのお仕事しごとがお忙いそがしくてな」
 代かわりに、弟おとうとの弁当べんとうを作つくってやろうと思おもったのだと言いう。
「母上ははうえほど上う手まくは作つくれないだろうが、千せん寿じゅ郎ろうの喜よろこぶものを作つくってやりたくてな」
 蓋ふたを開あけてみればなんのことはない。むしろ、好感こうかん度どだだ上あがりの答こたえだった。しゃべる度たびに好感こうかん度どがだだ下さがっていく冨岡とみおかとは、えらい違ちがいである。
「どうだ? 二ふた人りも作つくってみるか? よければ、これからうちへ来くるといい!」

183

「い、いえ。俺おれたちは先生せんせいに相談そうだんがあって――」
 教師きょうしの気きさくな誘さそいに、炭たん治じ郎ろうが慌あわてて言いう。
「なあ、善ぜん逸いつ」
「あ、ああ。――そうなんです。実じつは冨岡とみおか先生せんせいのことで……」
「冨岡とみおか? 同僚どうりょうの冨岡とみおか義勇ぎゆうのことか!」
「はい。実じつは、俺おれ、風紀ふうき委員いいんを辞やめたいんですけど、冨岡とみおか先生せんせいが全然ぜんぜん、話はなしを聞きいてくれなくて……」
 善ぜん逸いつが先程さきほどの学がく食しょくでの一いっ件けんを持もちだすと、
「むう」
 といつになく難むずかしい顔かおで聞きいていた煉獄れんごくが、
「鮭さけ大根だいこんもいいな!」
 と朗ほがらかな感想かんそうをもらした。「魚さかなと野菜やさいの組くみ合あわせは身体からだにいいし、何なにより大根だいこんが旬しゅんの季節きせつだ。旬しゅんのものは身体からだにいい!! 栄養えいよう価かが高たかいからな!」
「へ?」
「あ、あの……」
「二ふた人りとも、スーパーに寄よってからうちへ帰かえるぞ。いや、大根だいこんは八や百お屋や。鮭さけは魚屋さかなやの方ほうがいいか!!」

184

「ですから、そうじゃなくて――」
「エプロンなら俺おれのを貸かしてやる。遠慮えんりょするな!!」
「違ちがっ」
「先生せんせい、鮭さけ大根だいこんはお弁当べんとうに向むきませんよ? 上手うまく仕切しきらないと、ご飯はんがびしょびしょになってしまいます」
「!? いや、お前まえも違ちがうわ!!」
「そうか、ご飯はんも作つくらなければな! メインばかりではバランスが悪わるい!!」
「炊たき込こみご飯はんはどうでしょう?」
「それはいいな! よし!! 米屋こめやにも寄よろう!」
「だから、違ちがっ――」
「そう遠慮えんりょするな! 生徒せいととのコミュニケーションは教師きょうしの大切たいせつな役目やくめだ!」

「だから、俺おれはただ単たんに、風紀ふうき委員いいんを辞やめたいだけなんだって!!」

 こうして、某ぼう教師きょうし以上いじょうに他人たにんの話はなしを聞きかない歴史れきし教師きょうしと、意外いがいにアホな親友しんゆうに翻弄ほんろうされ、善ぜん逸いつの放課ほうか後ごは更ふけていった……。

185

挿絵

ムムム
ホカホカ

186

挿絵

「俺おれ……煉獄れんごく先生せんせいが、あんなに他ひ人との話はなしを聞きかないとは思おもわなかったよ」

 キメツ学園がくえんから程ほど近ちかい定食ていしょく屋やアオイで、口直くちなおしのアイスコーヒーと甘かん味みを頼たのみ、善ぜん逸いつはテーブルの上うえに突つっ伏ぷした。
 挙句あげく、なんでもそつなくこなすかと思おもえた煉獄れんごくが、まさかのメシマズ男おとこであった。
 その上うえ、まったくもって悪気わるぎなく失敗しっぱいを重かさねていく為ため、怒おこるに怒おこれず、味見あじみだけですっかり口くちの中なかがおかしくなってしまった。一度いちどなど、本気ほんきで死しを覚悟かくごする味あじだった。
 鮭さけも大根だいこんもしばらくは見みたくもない。
「しかも、やっと作つくり終おわったと思おもったら、先生せんせいのお父とうさんのやってる剣道けんどう教室きょうしつでさんざ絞しぼられるし……」
「まあまあ。千せん寿郎じゅろう君くんもお父とうさんも喜よろこんでくれたから、良よかったじゃないか」
 炭たん治じ郎ろうが優等ゆうとう生せい然ぜんとしたフォローを入いれる。そんな友ともを善ぜん逸いつがうらめしげににらんだ。
「それより、俺おれの悩なやみはどーなんだよ!? なんも解決かいけつしてねえわ!!」
「あ、それがあったんだな。すまない、忘わすれていた」

187

 やはり忘わすれていたのだ。
「また、明日あしたの朝あさから地獄じごくだよ……はあ……どこかに逃にげたい。冨とみ――あの人ひとのいない世界せかいに行いきたい」
 アイスコーヒーと甘かん味みがきた後あとも、善ぜん逸いつが延々えんえんと泣なき言ごとを零こぼし、炭たん治じ郎ろうが慰なぐさめていると、看板かんばん娘むすめの神崎かんざきアオイが先輩せんぱいの胡こ蝶ちょうしのぶと連つれだって帰かえってきた。
「あらあら、炭たん治じ郎ろう君くんに善ぜん逸いつ君くんも来きてたんですね」
「いらっしゃいませ。今いま、お茶ちゃを入いれ替かえますね。しのぶ先輩せんぱいもそちらに座すわっていてください。クリーム白玉しらたま餡蜜あんみつでよろしいですか?」
「ええ。黒くろ蜜みつ多おおめで」
 二に年ねんのアオイは華道かどう部ぶ。三さん年ねんのしのぶは薬やく学がく研けん究きゅう部ぶとフェンシング部ぶに掛かけ持もちで所属しょぞくしている。
 どちらも整ととのった顔立かおだちをしているが、特とくにしのぶは芸能げいのう事務所じむしょからの誘さそいが後あとを絶たたないほどの美び少女しょうじょである。その上うえ、成績せいせきは常つねに学年がくねんトップ。フェンシング部ぶの大会たいかいでも優勝ゆうしょうするなど、可愛かわいいだけじゃない女子じょしとして、毎年まいとしミスキメツの名なをほしいままにしている。
 一方いっぽうで、怪あやしげな噂うわさもあった。薬学やくがく研究けんきゅう部ぶでは無む味み無臭むしゅうのヤバイお薬くすりを作つくっているとか、教師きょうしたちの中なかでも彼女かのじょに頭あたまの上あがらない者ものが多数たすういるとか、その中なかにはあの冨岡とみおかすら含ふくまれているとかいないとか……。

188

 極ごく一部いちぶでささやかれるあだ名なは、毒どく姫ひめ。
 だが、もちろん、善ぜん逸いつはその噂うわさを真まに受うけたりはしていなかった。
 理由りゆうは一ひとつ、
(こんな、綺麗きれいな人ひとが悪人あくにんのはずないよなあ……)
 である。
「どうしたんですか? 浮うかない顔かおして。私わたしでよかったら、話はなしてみてくれませんか?」
 同おなじテーブルに座すわったしのぶが、心配しんぱいそうに尋たずねてくる。
 善ぜん逸いつの鼻はなの下したがデレーッと伸のびた。
 こんなやさしい人ひとがそんな恐おそろしい人ひとのはずがない。きっと、彼女かのじょの可愛かわいさと才能さいのうを妬ねたんだ者ものたちが流ながしたデマだ。そうに違ちがいない。
「実じつは――」
 と、善ぜん逸いつが悩なやみを打うち明あける。しのぶはうんうんと親身しんみになって聞きいてくれた。そして、
「冨岡とみおか先生せんせいは善ぜん逸いつ君くんに期待きたいしているんだと思おもいます」
「期待きたい……?」
 耳慣みみなれない言葉ことばに善ぜん逸いつが眉まゆを寄よせる。
 しのぶはふんわりと微笑ほほえんだ。189
「冨岡とみおか先生せんせいは、ああいう方かたですから、何なにかと誤解ごかいされて生徒せいとに嫌きらわれることも多おおいですし、風紀ふうき委員いいんも人ひとが居いつかなくて……。でも、善ぜん逸いつ君くんは冨岡とみおか先生せんせいにちゃんとついていっているでしょう? 本心ほんしんでは、うれしいんだと思おもいますよ」
「いや、別べつに、好すきでついていってるわけじゃ……」
 暴力ぼうりょくという首輪くびわで無理むりやり言いうことをきかされているだけだ。
「前まえに、冨岡とみおか先生せんせいかポツリと言いっていました。『我妻あがつまはよくやってる』って」
「あの……冨岡とみおか先生せんせいがですか?」
 信しんじられない思おもいで善ぜん逸いつがしのぶを見みつめる。
 しのぶのうつくしさのせいか、しのぶの口くちから語かたられる別人べつじんのようにキレイな冨岡とみおかのせいか、その名なを口くちにしても吐はかずに済すんだ。
「風紀ふうき委員いいんは本当ほんとうに大変たいへんなお仕事しごとだと思おもいます。でも、善ぜん逸いつ君くんたちがいるから、この学園がくえんの平和へいわが保たもたれているんです」
 学園がくえんの女神めがみがうつくしい両りょう目めを細ほそめる。
 そして、善ぜん逸いつの手てに自分じぶんの手てをそっと重かさねた。シャンプーの香かおりなのか、フレグランス的てきなものなのか、得えも言いわれぬ良よい匂においがした。
「頑張がんばってください、善ぜん逸いつ君くん。一番いちばん応援おうえんしてますよ」

「ハイッ !!!!!!!!!!!!!!!!」

190

 しのぶに手てをギュッと握にぎられ、鼻血はなぢを出ださんばかりに興奮こうふんした善ぜん逸いつが、
「この善ぜん逸いつにおかませくださいな!!」
 と請うけ合あう。
 心こころの中なかでは、
(幸しあわせ!! うわあああ幸しあわせ!!)
 と叫さけんで天高てんたかく舞まい上あがっていた。
 そこへ、お茶ちゃのお代かわりとクリーム白玉しらたま餡蜜あんみつを持もってやってきたアオイが、なんとも言いえぬ顔かおでしのぶと善ぜん逸いつを見みやり、小声こごえで、
「……こんなことを言いうのもなんなんですが……今月こんげつに入はいって、しのぶ先輩せんぱいに一番いちばん応援おうえんされた方かたは善ぜん逸いつさんで十じゅう三さん人にん目めです。ですから、あまりまともに受うけ取とらない方ほうが身みの為ためだと思おもいますけど――」
 とささやいたが、もちろん善ぜん逸いつの耳みみには届とどいていない。
「よかったな、善ぜん逸いつ。やっぱり、善ぜん逸いつは風紀ふうき委員いいんに向むいてるんだ。頑張がんばれ」
 とニコニコ笑わらう炭たん治じ郎ろうにも、その声こえは届とどいていない。
 アオイが『やれやれ……』というように嘆息たんそくする横よこで、
(よし、やってやる!! やってやるぞ!! 俺おれは、しのぶ先輩せんぱいに一番いちばん応援おうえんされた男おとこなんだからな!!)

191

 根ねが単純たんじゅんな善ぜん逸いつは、そう――熱あつく胸むねに誓ちかうのだった。

挿絵

「冨岡とみおか先生せんせい!!」

 翌朝よくあさ、校門こうもんの前まえで服装ふくそうチェックをしている冨岡とみおかの姿すがたを見みつけた善ぜん逸いつは、笑顔えがおで駆かけ寄よっていった。
 今日きょうもジャージ姿すがたの冨岡とみおかは、首くびから指導しどう用ようの笛ふえを下さげ、愛用あいようの竹刀しないを手てにしている。
「先生せんせいッ!! 俺おれ、今度こんどの土曜どように美容びよう院いんの予約よやく入いれました!!! 黒髪くろかみに染そめて、より一層いっそう、風紀ふうき委員いいんの仕事しごとを頑張がんばります!!!! これからもご指導しどうご鞭撻べんたつの程ほどよろし――――」
 生うまれ変かわったように両りょう目めを輝かがやかせた善ぜん逸いつが、声高こわだかに宣言せんげんしかけた途端とたん、
「うるさい!!!」
「!?」
 冨岡とみおかからまさかの一撃いちげきを喰くらい、吹ふっ飛とんだ。

「校内こうないで大声おおごえを出だすな」

192

挿絵

193

「…………」

(何なに、この理不尽りふじん…………)

 涙なみだすら零こぼれず、善ぜん逸いつがその場ばに崩くずれ落おちる。

 そして、昼ひる休やすみ――。

「炭たん治じ郎ろうおぉぉぉぉ!!! 俺おれ、もう風紀ふうき委員いいん辞やめたい!!!!! もう嫌いやだっ!!!だって、冨とみオエェ」
「善ぜん逸いつ……」

 我妻あがつま善ぜん逸いつの悲痛ひつうな叫さけびが木霊こだまする。

 ――因ちなみに、後日ごじつ、
『貴重きちょうな人材じんざいの流出りゅうしゅつを止とめてあげたんですから、来月らいげつからうちの部ぶの体育たいいく館かんの使用しよう割合わりあいを上あげてくださいね? 冨岡とみおか先生せんせい』

194

 と虫むしも殺ころさぬような顔かおで教師きょうしを脅おどす――もとい、お願ねがいするしのぶの姿すがたが目撃もくげきされ、それを聞きいた善ぜん逸いつが三みっ日か三み晩ばん寝ねこむことになるのだが、それはまた別べつのお話はなし。

 今日きょうも中高ちゅうこう一貫いっかんキメツ学園がくえんは(一人ひとりを除のぞいて)それなりに平和へいわである。

あとがき 吾ご峠とうげ呼こ世よ晴はる

195
196

お疲つかれさまです、
先日せんじつメガネの試着しちゃくをしていたら、
店員てんいんさんに、少すこし下さげてかけるのがお洒落しゃれですよ
と言いわれたので鼻はなの先さきまで下さげたところ、
苦笑にがわらいで、限度げんどがあるんですけどね、
と言いわれた吾峠ごとうげです。
小説しょうせつ楽たのしんでいただけましたでしょうか。
初はじめて小説しょうせつの挿絵さしえを描かかせていただき、
作者さくしゃはドキドキのわくわくでした。
楽たのしい気き持もちで免疫めんえき力りょくをアップし、
風か邪ぜなどひかず、
元気げんきもりもりで過すごしていただけたら幸さいわいです。

197

挿絵

あとがき 矢島やじま綾あや

198

『鬼き滅めつの刃やいば』が好すきです。本当ほんとうに好すきです。
ちょっとどうしようかと思おもうくらい好すきです。
ホント、大好だいすきなんです。
なので、ノベライズのお話はなしをいただいた時ときには、
あまりの幸しあわせに、心こころの中なかで『ギャ――――ッ』と絶叫ぜっきょうしました。
(もちろん、汚きたない高音こうおんです)
吾ご峠とうげ先生せんせい、週刊しゅうかん連載れんさいやアニメ化かでお忙いそがしい中なか、
丹念たんねんな原稿げんこうチェック、凄すさまじい破壊はかい力りょくを持もった挿絵さしえの数々かずかず、
素す晴ばらしいとしか言いいようのない表紙ひょうしを、
本当ほんとうに本当ほんとうにありがとうございました。
慈じ悟郎ごろう師匠ししょうのお名前なまえを教おしえていただいた時ときは、
幸福こうふく過すぎて、思おもわずパソコンの前まえに突つっ伏ぷしました。

199

先生せんせいの描えがかれる世界せかいが大好だいすきです。
圧倒あっとう的てきな不ふ条理じょうりにも負まけず、
心こころを折おられても折おられても常つねに前まえを向むき、
ひたむきに頑張がんばるみんなが大好だいすきです……!
担当たんとうの六郷ろくごう様さま&中本なかもと様さま、
デビュー以来いらい、育そだてて下くださったj-BOOKS編集へんしゅう部ぶの皆々みなみな様さま、
ジャンプ担当たんとうの高野たかの様さま、
校正こうせいを担当たんとうくださったナートの塩谷しおたに様さま、
この本ほんに携たずさわり、様々さまざまな面めんでご助力じょりょく下くださった多おおくの方々かたがた。
――そして、本書ほんしょをお手てに取とって下くださった皆様みなさまに、
心こころからの感謝かんしゃを送おくりたいと思おもいます。
共ともに、4月がつから始はじまるアニメを心待こころまちに、
益々ますます加熱かねつする本編ほんぺんを堪能たんのうしましょう!

原本げんぽん奥付おくづけ

挿絵

シリーズ紹介しょうかい

挿絵

守まもるため
振ふるえ、
滅私めっしの刃やいば。

時ときは大正たいしょう。
竈かま門ど炭たん治郎じろうは鬼おにとなった妹いもうと・禰ね豆ず子このため、
家族かぞくを奪うばった鬼おにを討うつため、
刃やいばを取とる。

ジャンプ コミックス
鬼き滅めつの刃やいばシリーズ絶賛ぜっさん発売はつばい中ちゅう!!吾ご峠とうげ呼こ世よ晴はる
TVアニメ情報じょうほうは公式こうしきHPで!!
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挿絵

矢島綾やじまあや
鬼き滅めつの第一話だいいちわを読よんだ瞬間しゅんかん、
あまりの面白おもしろさに悶もだえました。
そんな作品さくひんのノベライズを担当たんとうさせていただき、
本当ほんとうにしあわせです。
吾峠ごとうげ先生せんせい、皆みなさま、ありがとうございます!
猪突猛進ちょとつもうしんで頑張がんばります!!


挿絵

立たち寄よった村むらで、禰ね豆ず子こと年としの近ちかしい花嫁はなよめの晴はれ姿すがたを見みた炭たん治郎じろう。妹いもうとの倖しあわせを思おもい、ある言いい伝つたえを持もつ幻まぼろしの花はなを一人ひとりで探さがしにいくのだが……。その他ほか、善ぜん逸いつ、伊之助いのすけら鬼殺きさつ隊たいの本編ほんぺんでは語かたられなかった物語ものがたりを収録しゅうろく! そして大だい好評こうひょう番外ばんがい編へん『キメツ学園がくえん』小説しょうせつ版ばんも!!

デイジー図書としょ奥おく付づけ

2021年ねん
発行はっこう 公益こうえき財団ざいだん法人ほうじん日本にほん障害しょうがい者しゃリハビリテーション協会きょうかい
「この図書としょは 著作権ちょさくけん法ほう第だい37条じょう 第だい3項こうに基もとづいて製作せいさくしています。又また貸がし、複製等ふくせいとうによる第三者だいさんしゃへの提供ていきょうはできません。」